
日本最古の温泉と言われる愛媛県松山市の道後温泉から、さほど離れていない場所に建つ「石手寺(いしてじ)」。
古い歴史を持ち国宝や重要文化財の多いお寺です。また、四国八十八ヶ所霊場の第51番札所として、お遍路さんで賑わいます。その一方で、珍スポットとしても評判ですね。
境内にあるマントラ洞窟は、まるで異世界へ続く道みたい。洞窟を抜けた先にある奥の院には、不思議なマントラ塔が建つ。また、参道には名物「やきもち」などの店舗が並び、参拝者だけでなく観光客にも人気の古刹ですよ。
本記事では、摩訶不思議な世界を体験できる「石手寺」を紹介します。
目次
石手寺とはどんなところ

石手寺は、729年(天平元年)に創建された真言宗豊山派の古刹です。
創建当時の寺名は安養寺といい、宗派は法相宗でしたが、813年(弘仁4年)に弘法大師(空海)が訪れると、真言宗に改めました。石手寺と改名に至るには、衛門三郎(えもんさぶろう)という人物の存在が欠かせません。(くわしくは後で説明)
衛門三郎とは、四国八十八ヶ所を巡る四国遍路の開祖と言われる伝説上の人物。それに、弘法大師にまつわる数々の説話の中心人物ですね。
石手寺には、国宝の仁王門を始め、重要文化財の本堂や三重塔、訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)、鐘楼など数多くの建築物があります。ご本尊は、心身の癒しをもたらすと信じられている薬師如来。また、鬼子母神も祀られており、子宝や安産の祈願へ訪れる人も絶えません。
高い歴史的・文化財的価値やマントラ洞窟などの独特で魅力的な境内は、外国人の観光地としても高い評価を得て、2009年3月にミシュラン・グリーンガイド・ジャポンの一つ星に認定されました。
【周辺の見どころ】
石手寺周辺の見どころを、下記記事で紹介します。
衛門三郎再生の伝説とは

衛門三郎は、伊予を治めていた河野家の一族です。金や権力を持ち、強欲で情けの無い性格で人望が全くない人物でした。
ある日、三郎の前に現れた僧侶(空海)に、数々の大変な無礼を働いた結果、8人いた子供が次々に亡くなったそうです。そのことを悔い改めて、大師の後を追い、四国巡礼の旅へ。
旅路にて病に伏しますが、死を目前にして遂に大師へ会うことができ、深くお詫びをしました。その後、息を引き取りますが、大師は路傍の石を拾い「衛門三郎再来」と書いて、その手にその石を握らせます。
翌年、伊予国の領主・河野息利(おきとし)の長男として産まれた男の子は、左手を固く握って開けなかったそうで、安養寺(当時の石手寺のこと)へ連れて行きました。
お寺でお経をあげると、不思議なことに手が開き「衛門三郎再生」と書かれた石が現れたという。その石をお寺へ納めて、石手寺と改名したそうです。
まるで異次元の世界!?ディープな「マントラ洞窟」を歩く

本堂の裏手へ歩いて行くと、「曼途羅(マントラ)」と書かれた額のある大きな建物が見えてきます。
その建物前には韓国済州島の守護神・トルハルバンが護っており、インド起源のマントラ文化と直接的な関係がないので、ちょっと不思議な感じがしました。
この建物の奥にマントラ洞窟の入口があります。まずは入洞料の100円を、トルハルバンの隣にある賽銭箱へ入れて下さいね。そして、建物の奥へ少し進めば、ポッカリとあいた大きな穴が見えてきます。

入口前に立ってみると、空気感の違いが分かるだろう。「一体、洞窟の中に何があるのか?」と気になり、好奇心が抑えられません。穴の中を覗き込むと、薄っすらと明かりが点いているので少し安心感がありますね。
しかし、実際は薄暗い場所が結構多いので、あらかじめ懐中電灯を用意しておく方が安全です。
マントラ洞窟とは、密教の「胎蔵界」と「金剛界」の世界観を表現した修行道場。日常の光が届かない場所を歩くことで、より五感が研ぎ澄まされるので、自分自身と向きわうのにおあつらえ向きとも言えるでしょう。

入口前の案内板にて、まずは洞内を確認しよう。どうやら中で道が二手に分かれていて、まっすぐ進むと奥の院へつながるようだ。もう片方の道を進むと、弘法大師が修行した場所へつながります。
せっかくなので、両方とも足を運びますよ。特に順番は気にしなくても良いみたい。効率的に歩くならば、弘法大師が修行した場所へ向かった後で、来た道を引き返して、奥の院へ向かうのがおすすめです。


まずは弘法大師が修行した場所へ向かいました。ほぼ真っ暗な道をひたすらに歩いて行くと、寂しさを感じてしまう。そして、漂ってくる廃墟感が何とも言えません。
しばらくすると、少し広い部屋へ辿り着きました。どうやら行き止まりみたいなので、ここが弘法大師が修行した場所ですね。
歩いた距離は約160mほどですが、実際はもっと歩いていた気がします。それだけ時間の感覚が狂うということだろう。


こちらの写真では明るく撮っていますが、奥にある裸電球の明かりが一つだけなので、実際は相当暗いですよ。なので、より足元に注意して歩いて下さいね。
暗闇の中で大小様々な仏像やお地蔵さまが浮かび上がるこの空間は、神秘的で独特な世界観が広がっています。

修行場を後にして出口へ向かうと、落書き堂の真後ろへ出ました。来た道を引き返して、今度は奥の院へ向かいます。


道の真ん中には、道標のようなたくさんのお地蔵様が並んでいる。それを頼りに奥へ向かおう。洞内は暗いので、灯りが無ければ手探りで歩く必要があり、お地蔵様や壁にぶつかる可能性があるので、慎重に歩いて下さいね。
道中では、胎蔵界や金剛界と呼ばれる少し広いスペースへ辿り着きます。
胎蔵界とは、母の胎内に宿るような場所。仏様の大きな慈悲の心で、あらゆる生命を包み込む世界です。一方、金剛界は煩悩に負けない智慧(ちえ)の心をあらわす世界ですよ。そのような世界のため、多くの仏様が見守っています。


仏様やお地蔵様の中には、無秩序な電飾が見て取れて、少し怖く感じました。この辺りは個人差があるかな。ピカピカと光っていれば、また違った印象を持つだろう。

おっ、これは珍しい仏様を発見。私たちが良く知る仏様と違って、カラフルなトーテムポール風の作りですよ。エキゾチックな雰囲気を醸し出していて、これはこれでアリですね。


そして、ついに出口へ到着。マントラ洞窟の入口から3~5分ほど歩きました。さて、少しは悟りが開けたかしら。
静まり返った洞窟内に並ぶ仏像たちを見物しながら奥へ歩くのは、ちょっとした冒険をしている気になったかも。人によっては、ホラーに感じるかも知れませんが・・・
私は出会いませんでしたが、まれにコウモリや虫などを見かけることもあるみたい。なので、心構えだけはしておいた方が無難です。
「奥の院」には不思議なマンドラ塔が建つ

胎蔵界や金剛界を通過して、マントラ洞窟を出ると目の前は一般道です。車が通過するので、気を付けて外へ出ること。
右手側の坂道を下ると石手寺境内へ戻り、左手側の坂道を約1分ほど上ると、奥の院の出入り口となる門が見えてきます。その門をくぐり抜けると、あまりにも摩訶不思議な世界観に勃然としました。
金色に輝く巨大タマネギのようなマントラ塔を始め、1本の木から作られた大量の五百羅漢や金色のシーサーなどインパクトが抜群すぎる!!!
なので私と同じように「ここは本当に日本なのか?」と思う方もそれなりに多いと思います。



仏様の大きな手の中には、無数のビー玉があるのですが、これは一体何を表しているのかしら?
気になったので調べてみると、一説ではビー玉は煩悩の数(8万4千)を表しているとのこと。正しい由来や理由については謎のようです。
色々と気になる物が多い奥の院の中でも、マントラ塔と同じくらい目を引くのは、シュッダールタの苦行像ですね。

見て下さい、こちらの写真を。見ての通りがガリガリだ。浮き出た血管と肋骨に、極端に痩せ細った腹部が目を引くぞ。しかし、表情は穏やかに見えるかな。
ガウタマ・シッダールタが悟りを開く前に行なった、極限の断食と修行の様子をリアルに表現しています。ちなみに、ガウタマ・シッダールタは、一般的に「お釈迦様」や「ブッダ」で知られていて仏教を開いた人ですね。
それにしても、木々をゆらす風の音と鳥のさえずりしかない静かな丘で、このような理解を超えた不思議な世界が広がるとは実に面白いです。
特にマントラ洞窟を抜けた先で訪れることで、より異世界へ迷い込んだ感じが半端ありません。
仁王門や三重塔など見応えのある歴史的建築物が多い

約6万6,000平方メートルの広さを誇る境内には、本堂や仁王門、三重塔、護摩堂など歴史的建築物が多くあり、それらを一つ一つ見学するだけでも楽しいです。
参道を奥へ向けて歩いて行くと、まず最初にお目にするのは国宝の「仁王門」。1318年(文保2年)に建てられたもので、均整の取れた雄大な姿が秀逸です。そして、仁王門といえば、やはり金剛力士像(仁王像)でしょう。

石手寺をお護りする仁王像は、1240年に運慶派の仏師により彫られたもの。見るからに力強く迫力ある姿は、邪悪なものや悪霊の侵入を絶対に許しません。鎌倉時代の彫刻美術の傑作なんだそうですよ。
また、門の内側には大わらじが掛けられており、触れた手で自分の足腰の悪いところを触るとよくなるという。気になる方は、ぜひ触っていこう。

さらに、門の前に立つのは恵比須様。親しみやすくユーモラスな雰囲気がいい感じ。良い意味で、厳かな仁王門とのギャップを感じました。

仁王門をくぐり抜け、ほぼ真っすぐ歩くと本堂へ辿り着きます。本堂へ続く階段で目にしたものは、なんと金色に輝く巨大な「五鈷杵(ごこしょ)」ではないですか。
う~む、なるほど。五鈷杵は煩悩を打ち砕き、仏様の智慧を示す法具。本堂には、ご本尊の薬師如来様がいらっしゃるのでここにあるのも納得です。

こちらが本堂。国の重要文化財に指定されています。重厚感のある本瓦葺の入母屋造で、鎌倉時代末期に建てられました。まずは本堂でお参りを済ませて、境内を見て回りましょう。
本堂以外にも重要文化財には、三重塔や訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)、護摩堂、鐘楼、銅鐘、五輪塔があるのでお見逃しなく。

仁王門をくぐり抜けて、最初に目に留まるのは、高さ約24mもある三重塔ですね。こちらも本堂同様、鎌倉時代後期に建てられました。見て下さい、見るからにバランスの良さを感じるでしょ。それに優美な外観が実に良し!!
昔は、この三重塔の周囲を歩いて四国八十八箇所巡りと同じ功徳を積む「お砂撫で」を体験できました。今は阿弥陀堂で体験できるので、そちらへ足を運んで下さいね。

鐘楼は1333年(元弘3年)に再建されたもので、すその末広がりの曲線が美しい。同じく重要文化財の銅製の鐘がぶら下っているのですが、住職しかつけないそうですよ。
鐘をつきたい場合は、仁王門を入って左手側にも鐘楼があるので、そちらでどうぞ。
納経所では、100種類以上におよぶお守りや授与品の頒布をしています。御朱印(納経)の受付もこちらなので、石手寺を参拝した証としてゲットして下さいね。

そして、弘法大師をお祀りするお堂といえば、やはり「大師堂」でしょ。巡礼者にとって、本堂と共に欠かせない祈りの場所です。
参拝時に弘法大師へ功徳を捧げるためにお経を唱える人が多い。お経を知らなくても、ぜひ日頃の感謝の気持ちを伝えて下さいね。
そうそうこの大師堂のユニークなところは、裏側へまわると良く分かります。

大師堂の裏側で、ホワイトボードを発見。ここには自由に落書きができるという。かつて壁に落書きしたメンバーには、正岡子規や夏目漱石など早々たる文化人がいます。そのような経緯があることから、大師堂のことを親しみを込めて「落書き堂」と呼ばれていますね。
壁は第二次大戦中に塗りなおされたので、その落書きを見ることはできませんが、新たに設置されたホワイトボードにはびっしりと落書きがされていました。どのようなことが書かれているのかは、実際に自分の目で確かめて下さいね。
せっかく石手寺へ訪れたのだから、旅の記念に一言記入してはいかがですか。

見ごたえのある歴史的建築物が多い中でも、ひと際目を引くのは「愛媛パゴダ」だろう。
阿弥陀堂の西側のひっそりとした場所に建つレンガ造りの大きな建物で、屋根の上には金色に輝くミャンマー式の仏塔をのせています。また、壁には菊の御紋が並んでいるのも印象的ですね。
この建物は、ビルマ(現在のミャンマー)で亡くなられた愛媛県出身者を偲ぶ戦没者慰霊塔ですよ。建物内には、戦時中の史料が展示されています。

個人的に不思議に思ったのは、こちらのマスク。何と表現して良いのか分からない。好々爺にも見えるし、少し不気味さも感じる。う~む、やはり形容し難い。
これも石手寺の摩訶不思議な世界観を体現しているのだと思いました。
【神社仏閣の紹介(その1)】
旅先で訪れた神社仏閣を、下記記事で紹介します。
古くからの風習が残る「詞梨帝母天堂」

大師堂の隣には、高さ3mほどの小さなお堂が建ちます。このお堂は、鎌倉時代後期に建てられた「訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)」ですね。国の重要文化財に指定されており、愛媛県では最古の神社建築です。
その名の通り、訶梨帝母尊(鬼子母神)を祀りしていて、古くから子さずけや安産のご利益があるとのこと。お堂の前には、高く積まれたたくさんの石があり、とても目に留まりました。
この石は「子宝石」といって、自由に持ち帰れるという。実はこの石には、古からの習わしがあるので簡単に紹介します。
持ち帰った小石は塩水で清めた後で、仏壇や神棚などきれいな場所で大切にお祀りしよう。そして、子供を無事に出産したあかつきには、その石と共に新しい石をお寺にお返しすること。その際、石には子供の名前と生年月日を記入して下さいね。

お堂の隣にあるこちらの知恵の輪にもご注目。ある場所が場所だけに何をするのかは、だいたいお分かりと思います。
子宝や安産を願う女性や夫婦はこの輪の中をくぐることで、子授けや無事な出産のご利益が期待できる。これは、健やかな子供を授かるための作法(信仰)です。
これらのように古くから続く習わしはとても大事。石を倍返しして、安産や子宝に恵まれたことへの感謝を伝えましょう。
【神社仏閣の紹介(その2)】
旅先で訪れた神社仏閣を、下記記事で紹介します。
四国遍路を身近に感じる「お砂撫で」

三重塔の対面に立つ大きな建物は「阿弥陀堂(あみだどう)」です。かつては本堂でしたが、明治時代以降に本堂としての役割を終え、現在は阿弥陀仏が安置されています。
江戸時代の慶長年間(1596~1615年)の建築で、落ち着いた感じの佇まいがGood。実は、この阿弥陀堂では、四国八十八ヶ所霊場巡り(お遍路巡り)を行なったのと同じ功徳を積むことができるとのこと。それが「お砂撫で」という体験です。


阿弥陀堂の中へ入ると、左右にテーブルが並んでおり、テーブルの上にはたくさんの砂袋が並んでいます。これらには、全札所の土が入っているので、一つ一つ触っていこう。
通常、お遍路巡りには、移動に車を使っても約10~12日ほどかかるものだ。徒歩だけならば、40~60日ほどかかるだろう。それなりの時間を必要としますが、「お砂撫で」であればわずか数分で体験できますね。
ゆっくりと触っても2~5分もあれば十分。両手で包み込むようにして、優しく砂袋を撫でて下さいね。特に思い入れのある札所には、より深く心の中で感謝を伝えると良いと思います。
【四国八十八ヶ所霊場の紹介】
旅先で訪れた四国八十八ヶ所霊場の札所を、下記記事で紹介します。
参拝後は名物「やきもち」はいかが

参道には仲見世が並んでおり、その中の一つに「五十一番食堂」があります。こちらの食堂にて販売しているのは、「やきもち」という名前のおやきですね。
米粉の生地はパリッと焼いており、中には甘く炊いたあんこが入る伝統的な製法で作られた一品。もちもちした食感が評判で、ファンが多いそうですよ。参拝後の楽しみにお一ついかがですか。
石手寺の基本情報とアクセス
| 住所 | 愛媛県松山市石手2-9-21 |
| 電話番号 | 089-977-0870 |
| マントラ洞窟の入洞時間 | 8:30~16:30 |
| 拝観料 | ・境内は無料 ・マントラ洞窟の入洞料100円 ・宝物館の入館料は以下の通り 大人200円 中高校生150円 小学生100円 |
【アクセス】
- 伊予鉄道・道後温泉駅から徒歩約20分
- JR松山駅から伊予鉄道バスに乗って「石手寺」のバス停へ下車後、徒歩約3分
- 松山自動車道「松山IC」から車で約25分
石手寺の駐車場
石手寺には、有料駐車場があります。(普通車約40~50台、大型車約10台)
まとめ

石手寺は、古い歴史を持つ古刹として、国宝の二王門を始めとする歴史的建造物が多いです。
それだけでも見ごたえがありますが、まるで異世界へ続く道ともいえるマントラ洞窟があり、実際に洞窟を抜けた先には摩訶不思議な世界が広がっています。
なので、参拝者だけでなく観光客にも評判なのも納得ですね。さすが「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で星1つを獲得しただけのことはある。それに加え、道後温泉から近いという好立地も魅力的でしょう。
愛媛県松山市へ観光に訪れた際には、石手寺へ足を運び、摩訶不思議な世界を体験して下さいね。

