
東海地方の産業や文化の発展に影響を与えてきた木曽川の南岸には、標高80mの小高い山に築かれた犬山城がそびえ建ちます。
日本国内には、たくさんのお城がありますが、その中でも特別感を感じてやまないのが12個の現存天守でしょう。
さらに創建当時の姿を残す5つの天守(通称:天守閣)は、国宝に指定されていて、犬山城はその中でも最も古い歴史を誇る天守閣の最長老と呼ぶべき存在ですね。
城主の権威を象徴する天守閣の景観は美しく、戦いに備えた造りなど見どころが多いです。
本記事では、全国にその名を知られる「犬山城」の魅力を紹介します。
目次
犬山城の歴史

犬山城は、1537年(天文6年)に織田信長の叔父である織田信康により築城された平山城です。
別名で白帝城とも呼ばれており、これは木曽川沿いの丘上に建つ佇まいが、中国にある白帝城を詠った李白の詩「早発白帝城」にちなんでいると言われています。
ちなみに、白帝城は三国志で有名な劉備玄徳の居城ですよ。三国志ファンの方も雰囲気を楽しめると思います。
木曽川沿いにあることから、中山道と木曽街道にアクセス良し。ゆえに交通の要所として物流と軍事の両面で極めて重要でした。豊臣政権時には、石川貞清(光吉)が改修を行ない、関ヶ原の戦いでは西軍の重要拠点だったそうです。

次々と城主が変わっていく中、江戸時代に入ると、尾張徳川家の家臣であった成瀬正成が城主となり、以後、幕末まで成瀬氏9代が城主を務めています。
1871年(明治4年)の廃藩置県により天守を除く建物は払い下げや解体が行われることに。1891(明治24年)に起きた濃尾大地震で天守閣が半壊の危機に陥ると、当時の所有者であった愛知県が修繕を条件にして、旧藩主・成瀬家へ城を無償譲渡しました。
その後、2004年(平成16年)に成瀬家から「財団法人犬山城白帝文庫」へ寄贈され今に至ります。犬山城は1952年に国宝に指定され、2006年には日本100名城に選ばれました。
城前広場から歩き天守閣へ

駐車場から犬山城へ向けて歩いて行くと、城前広場へ辿り着きます。この広場で目に留まるのは、「国宝 犬山城」と刻まれた大きな石碑だろう。
この石碑を見ると、城好きの人は自然にテンションが上がるというものですね。ここから緩い上り坂(大手道)が続きます。
この石碑を正面にして、東側へ少し歩くと三光稲荷神社と針鋼神社(はりつなじんじゃ)があり、天守閣へ向かう前に参拝すれば、より赴き深く感じますよ。(私がそうでした。)
ちなみに、両神社から犬山城へ向かう大手道へ続いているので、城前広場から歩かずに神社経由でもそれほど距離に違いはありません。

三光稲荷神社の朱塗りの鳥居は印象的。かつてこの場所には、犬山城の松の丸御殿がありました。また、江戸時代以降では、犬山城主・成瀬家の守護神だったそうです。
一方、針鋼神社は犬山城よりも歴史が古く、今の天守閣の位置に鎮座していたという。築城の際に現在の地に移り、それ以来犬山城の守護神として、城主を始めとする多くの人々の篤い信仰を集めてきました。

こちらの構造マップから、大きく屈曲する曲輪(くるわ)がたくさんあるのを見て取れます。曲輪とは、お城の区画の一部で、その場所の高さなどに応じて土塁や石垣、櫓、塀により囲まれている平坦部のこと。
犬山城には、本丸や杉の丸、桐の丸、樅の丸、松の丸という全部で5つの曲輪があります。


城前広場から天守閣までは、歩いて約10分ほどの距離です。その道中では、黒門跡や矢来門跡、岩坂門跡などあるのでチェックしていこう。
大手道の屈曲する所には、かつて門が配置されていて、各曲輪の石垣を併せて枡形空間が連続で構成されていた防御陣地でした。また、坂道ということも加味すると、敵の進入がかなり困難でしたね。
実際に歩いていると、攻め辛さがよく分かる。よく考えて造られているのが分かります。



桐の丸の手前には、黒門跡があります。もちろん門自体はありませんが、現在でも礎石が残されているのでお見逃しなく。
ちなみに黒門は、犬山市の隣町・大口町にある徳林寺に移築されているぞ。その名の通り、黒い扉の門なんだとか。興味がある人は、徳林寺へ足を運び、ぜひ見物して下さいね。

本丸の直ぐ下の曲輪は杉の丸といって、本丸を守る最後の拠点です。大手道側に御成櫓、東側に器械櫓を備えていたそうですよ。
ここまでくれば天守閣が建つ本丸まであと少し。坂道の勾配が、気持ち的に大きくなっているようなが気がするかも。

最期に待ち構えるのは、鉄筋コンクリートで復元された鉄門(くろがねもん)です。鉄金具を打っていた櫓門形式で造られており、本丸を守るための最後の門として敵の進入を阻みます。
ここから先の本丸は、有料エリアとなるので、手前にあるチケット売り場で入場券を購入して下さい。ちなみに、鉄門の2階には管理事務所があり、階段で上がれるので、そこで100名城のスタンプをゲットできます。

本丸へ入ると、正面には天守閣が待ち構えているではないですか。人によって第一印象は違ってきますが、私が抱いたのは、これぞ戦う城といった武骨な面構えかな。
長い歴史の中、現代まで生き延びた風格さえも感じ取れる佇まいには、好感が持てました。
唐破風や華頭窓などによる天守閣のデザイン性に注目

天守閣は、高さ19mもある三重四階で、望楼と呼ばれる物見櫓を載せている望楼型天守です。さらに地下2階があり、天守南面と西面には平屋の付櫓が付属しています。
1階と2階は戦国時代に造られ、3階と4階は江戸時代に造られました。
最上階の外壁は「真壁造り(しんかべづくり)」なんだとか。真壁造りは、防火には不利ですが、通気性や湿度調整に優れているという。それに加え、装飾性が高く格式を重視するのに向いています。

その他にも城主の権威を象徴するために様々な装飾が施されているので、中へ入る前にじっくりと外観を確認しよう。
鉄門から入ってきて、正面から天守閣を眺めると「唐破風(からはふ)」に目が留まるだろう。中央が丸くカーブしているのが特徴的ですね。
さらに唐破風の上の階には、「華頭窓(かとうまど)」が2つ付いているのがいい感じ。華頭窓は、お寺で見かける機会が多い、上枠を火炎形または花形に作ったデザインの窓です。
犬山城の華頭窓は、木枠のみなので開閉できません。「えっ!」と驚くかも知れませんが、装飾品としてのみ存在する事実が面白い。この唐破風と華頭窓の存在により、古武士のような容貌に感じられると思いませんか。

ちなみに、天守閣内から見た唐破風がこちら。唐破風の間という小さな部屋になっているので、座りながら隙間から外を眺めることができます。

天守閣の横には「付櫓(つけやぐら)」があり、これがあるため全体像がスマートに見えないかも。しかし、この付櫓は天守閣へ侵入した敵を側面攻撃するために必要な防御施設ですよ。
デザイン性も大事ですが、お城は戦うための拠点なので、防御施設の方が大事。そういう意味では外せませんね。

約5mほどの高さがある天守台へ目を向けると、ほとんど加工してない自然の石を積み上げているのが分かるだろう。
野面積みと呼ばれる積み方で、石の形に統一性がなく隙間ができやすいですが、小石を隙間に埋めて排水性と強度を高めているぞ。それに地震に強いという特徴が素晴らしい。しかし、隙間や出っ張りがあるため、敵に登られやすいのが欠点ですね。
けれど、古武士のような外観の犬山天守には、そのような石垣が良く似合っていると思いました。

さて、天守閣の外観を目に焼き付けたら、早速中へ入りましょう。天守閣内には、精工に造られた犬山城の模型があるので、外観を思い出しながら確認してみるのも楽しいです。
【お城の紹介(その1)】
旅先で訪れた現存天守のお城を、下記記事で紹介します。
地下階の壁面と急階段にビックリ

犬山城の入口は、地下階から始まります。この地下階は天守台の中であり、「穴蔵」と呼ばれるところ。周囲は石垣に囲まれていて雰囲気良し。それに加え、太い梁が天守閣を支えているのを確認できます。
そのような光景を目の当たりにすると、個人的には冒険心がフツフツと沸き起こるかな。「いざ征くぞ!戦国時代へ」といった感じとなり、テンションが上がりました。(笑)

そして地下階から1階へ上がる階段にも注目。というのは、物凄い急勾配なので上がるのに少しコツがいるぞ。パッと見た感じだと、約50度ぐらいある。この階段ならば、簡単に敵兵が上るのも難しいのも納得です。(1階以外の階段も急勾配なので注意すること。)
そういえば、国宝・松江城もこのような急勾配の階段がありました。やはり、お城の防衛を考えると、このような階段に辿り着くのでしょう。
しかし、戦時ならともなく普段からこの階段を行き来する人たちにとって、足を踏み外すおそれがあるため、常に気を配りながら慎重に上らなくてはならないかも。なので、面倒くささを感じていたのではないでしょうか。
城主が執務した「上段の間」には防衛機能あり

1階の中央には、一段高くなった畳敷きの部屋があります。この部屋は「上段の間」といって、城主の執務室や高貴な客人を迎えるための謁見室として使われていました。
畳を敷いているだけのシンプルな部屋のように思えますが、城主を守るための防備もきちんとあります。まずは目につくのは、何の変哲もなさそうな畳。非常に重くて頑丈だったそうで、非常時には持ち上げて防御に使うことを想定しました。
ということは、忍者が使う畳返しのように、城主は鮮やかに畳を撥ね上げれるようになるため、普段から練習していたのでしょうかね。

また、部屋の奥には扉が見えており、「武者隠しの間」と呼ばれるスペースがあります。この場所は、いざという時に城主を守るため、家来の武士たちが隠れて過ごすそうな。
そう考えると、少なくとも外部の人と謁見するたびに武士が隠れていたのかも。特に敵対関係の人を迎える時は、扉の奥から殺気がただ洩れだった可能性があり、謁見者はより生きた心地がしなかったと思います。
そのような役目のあるお部屋ですが、実際には物置兼城主のプライベートルームだったみたい。確かに平時では、そのような使い方が建設的ですね。
【お城の紹介(その2)】
旅先で訪れたお城を、下記記事で紹介します。
戦いの備えた様々な造り

1階には、上段の間を含めて4つの部屋があり、その周りを鎧を着た武士が走れる廊下が整備されていました。
廊下の幅は広いので、多くの武士が走るのも容易ですよ。そのため、「武者走り」と命名されています。走りやすいように、全て平面だと思っていましたが、ところどころに段差を目撃。う~む、設計ミスだろうか。
調べてみるとどうやらそうではなくて、床板の継ぎ目や補強材などにより、構造上段差があるとのこと。これは仕方がないですね。
お城は防衛施設のため、実戦的な構造が多く、武者走り以外にも「石落としの間」など戦国時代の古い城郭の仕組みが残っています。


こちらが「石落としの間」です。この窓の隙間は、鉄砲を撃つスペースとしては十分ですが、石を落とすとなると、せいぜいこぶし程度の石しか落とせず「ほとんど効果がないのでは?」と思われる方も多いだろう。
実はそうではありません。「石落としの間」は他のお城にもあり、床に石を落とすスペースがあるのを見かける機会が多いですね。しかし、犬山城ではそのようなスペースが全くなくて、「どういうこと?」となりました。
不思議に思って調べてみると、どうやら石落としというのは実際には存在しないみたい。そのことは、昭和30年後半に行われた昭和の修理で天守閣を解体調査した時に判明しています。
だだし、お城の外観には石落としの構造があるように見えるので、攻めてくる敵に対して一定の抑止力にはなっているのではないでしょうかね。

また、兜や鎧などの武具を置く場所となる「武具の間」もあります。もちろん今は武具は置いてなくて、犬山城の天守閣の骨組みが展示さているぞ。
尚、鎧などはショーケース内に展示さていますので、見学していきましょう。
犬山城は戦う城として、無駄のない構造を感じられます。きっと、戦いの中で無駄なものは削除され、本当に必要な物だけが残ったのではないでしょうか。そのためか、機能美を感じさせるお城です。
えっ、瓦に桃がある!?

天守閣の屋根瓦には、見た目がユニークな「魔除けの桃」があります。よく見ると、桃が亀の甲羅にのっているではないですか。このような瓦は珍しいですね。
犬山城では、このような瓦が全部で8つあるので、探し出してみよう。
亀は長寿の象徴であり、古代中国の神話から知恵や幸運をもたらす縁起の良い生き物。それに魔除けの果実として知られる桃との組み合わせは、確かに抜群の効果が期待できます。

また、「犬山」と「桃」のキーワードから桃太郎を連想する人も多いはず。
そもそも桃太郎の伝説は、全国に点在しており、特に岡山市(岡山県)・高松市(香川県)・犬山市(愛知県)が有名です。そう考えると、何かしら関連があるのかも知れませんね。
桃瓦のあるお城は、犬山城以外にも岡山城や小倉城、和歌山城、大阪城、宇和島城、大多喜城などがあります。

ちなみに、天守内には犬山城の中でも最も古いとされる瓦の一つが展示されているので、お見逃しなく。
江戸時代の初め頃の鬼瓦で、宝珠を背負った亀が岩を歩く姿を表現しているぞ。眺めていると、何だかめでたい事が起こる前ぶれを感じてやみません。
【お城の紹介(その3)】
旅先で訪れたお城を、下記記事で紹介します。
最上階から眺める360度のパノラマ絶景

天守閣の最上階は、赤い絨毯が敷き詰められているので、華やかな雰囲気を感じます。
成瀬家7代城主・正壽(まさなが)は、オランダ商館長と親しかったそうで、昭和の修理の際に再現されました。
バルコニーにあたる「廻縁(まわりえん)」と手すりの「高欄(こうらん)」があり、外へ出て見て回れるのは、現存12天守の中でも犬山城と高知城だけ。なので、室外へ出て一周しながら景色を楽しまないのはもったいないですね。




最上階は標高約100mもあるので、それなりに遠くまで犬山市街や市内を流れゆく木曽川、雄大な濃尾平野を見渡せます。この360度の見事な大パノラマには、拍手喝采を贈りたい。
天候が良ければ遠くに御嶽山や岐阜城、名古屋市街まで見渡せるぞ。国内外に評価が高いのも納得ですね。

一点注意しておきたいのは、廻縁を歩くときに床が外側へ少し低く傾いているのが気になるところ。どうやら築城当時からこのような仕様らしく、雨水が外へ流れる仕組みみたい。
床が傾いていると、歩くのが少しだけ怖く感じてしまうのは、仕方がないと思います。
天守閣の東側に佇む御神木「大杉様」

天守閣の東側には、高さ24mの御神木「大杉様」があります。この御神木は、犬山城が築城された時から存在しており、樹齢は約650年の古強者ですよ。
というのは、昔から台風や落雷などから天守閣を守ってきました。そのため、お城を護る御神木として崇められていたという。残念ながら1965年頃に枯れてしまいましたが、今でも天守閣のそばで見守り続けています。
御神木を直接触れるのはご法度です。少し離れて手をかざし、パワーを感じて下さいね。
【お城の紹介(その4)】
旅先で訪れたお城を、下記記事で紹介します。
犬山城の基本情報とアクセス
| 住所 | 愛知県犬山市大字犬山字北古券65-2 |
| 電話番号 | 0568-61-1711(犬山城管理事務所) |
| 営業時間 | 天守は9:00~17:00(最終入場は16:30まで) |
| 定休日 | 年末(12/29~12/31) |
| 入城料 (天守) | 大人(高校生以上)550円 小中学生 110円 幼児 無料 ※団体割引きあり(30人以上、100人以上、300人以上で割引額が変わる) |
【アクセス】
- 名鉄・犬山駅から徒歩約20分
- 名鉄・犬山遊園駅から徒歩約15分
- 名神高速道路「小牧IC」から車で約25分
- 名古屋高速「小牧北IC」から車で約25分
犬山城の駐車場
犬山城の近くには、有料駐車場があります。
- 犬山城第一駐車場(約140台、大型車も駐車可)・・・犬山城に最も近い
- 犬山城第二駐車場(約123台)・・・犬山城の東側にある
- 犬山城第三駐車場(約150台)・・・犬山駅近くにある
少し離れた場所にも犬山城下町駐車場や犬山城下町西駐車場などがあります。
まとめ

犬山城は、最も古い歴史を誇る天守閣として当時の姿を現代に残しています。
個人的に一番驚いたのは、2004年まで成瀬家の個人所有のお城だったということ。そんなことが実際にあるとは、想像もしていませんでした。個人では、維持管理が大変そうですが、本物の城を所有するという喜びを一度味わってみたいです。
犬山城は、これぞ戦う城といった武骨な感じがしますが、木曽川を見下ろす小高い山の上に築かれたその景観は、とても美しい。フォトジェニックスポットとしてぴったりですよ。
天守閣のデザイン性を始め、上段の間や急勾配の階段など見どころも多い。最上階から眺める360度のパノラマ絶景を、ぜひ楽しんで下さいね。

