
「剣聖」とは、剣術に極めて優れただけでなく、その奥義を極めた人物を指す称号。時代により、様々な剣聖が生まれましたが、二刀流を扱う剣聖として、もっとも知られているのは宮本武蔵でしょう。
岡山県美作市には武蔵の生誕地があり、「武蔵の里」として彼と縁ある場所が多数残っています。以前、一度訪れたことがありますが、久しぶりに再度訪問したいと思います。
いきなり武蔵の里の玄関口となる宮本武蔵駅へ赴いても良かったのですが、そこは自転車旅。色々と周辺を巡りたいじゃないですか。
ということで、少し離れた場所にある智頭宿にも再び訪れることにしました。(以前智頭宿へ訪れた旅の様子は、こちらの記事で紹介)
本記事では、智頭宿から出発して武蔵の里へ赴く自転車旅の様子をお届けします。
目次
智頭駅から旅立ち智頭宿や杉神社へ

本日の旅のスタートは、鳥取県南東部に位置する智頭町の玄関口・智頭駅から始まります。
岡山駅から特急列車「スーパーいなば」にて輪行しましたが、超久しぶりに電車で酔いましたね。満席だったため、ずっとデッキで立ちっぱなしで揺れの激しいこと。駅へ到着してからしばらくの間、ホームで黄昏(休憩)ていました。
本日の天気予報は晴れだったのですが、空は雲に覆われており、お世辞にも晴れているとは言えません。今の私の心境そのものです。電車で酔うなんて、ここ10年以上なかったのですが、これは何度経験しても慣れないぞ。
さて、気持ち悪さが解消して駅舎を出ると、目の前の道路を挟んだ向こうに智頭町総合案内所があり、その手間には「CHIZU」の文字モニュメントを見つけました。

こういうのを見かけたら、サイクリストならば愛車と撮影したいと思う衝動に駆られます。(笑)
このモニュメントを良くみると、木製ではないですか。そもそも智頭町は、町の9割以上が森林に占められた杉の町として知られる土地柄。杉の木を使ったモニュメントは、観光のシンボルでしょう。
それに智頭町といったら、因幡街道の主要な宿場として栄えた智頭宿へ立ち寄らないのはもったいない。杉玉が飾られた風情ある町並みが今も残ります。
ということで、智頭宿へ向けてレッツゴー♪


智頭駅から古い町並みが残るエリアまでは、1kmもないので十分に徒歩圏内ですね。なので、自転車ならばあっという間の距離ですよ。
歴史の重さを感じさせるような立派なお屋敷を見るのが、個人的に大好き。テンションが上がります。
とある建屋の軒先にて、珍しい杉玉を見つけました。杉玉といえば、酒蔵の軒先に吊るして、新酒が完成したことを知らせるサインですが、丸い形をしたものばかりです。

しかし、ここで見かけた杉玉の一つは、フクロウの形をしているぞ。これにはビックリです。どうですか、けっこう可愛いでしょ。
それにフクロウは「不苦労(苦労しない)」「福来朗(福が来る)」といった語呂合せで縁起物としても有名ですね。そもそも日本だけでなく、世界中で「幸運・知恵・守護」の縁起物として知られています。


智頭宿には石谷家住宅を始め、御本陣跡や西河克己映画記念館、智頭消防団本町分団屯所、諏訪神社など足を運びたい場所がいっぱい。
特に石谷家住宅は、吹き抜けの「土間」やハートの意匠がある「江戸座敷」、国の名勝の石谷氏庭園など見どころが盛り沢山ですね。
本日は、じっくりと智頭宿を観光している時間は取れないため、町並みを見て回るだけにとどめ、前回時間の都合で行けなかった杉神社へ向かいました。

国道373号線を東へしばらく進むと、杉神社の社号標が見えてきます。
左折して社号標の奥に続く坂道(参道)を上り続けていると、目の前に太い注連縄(しめなわ)でつながれた2本の石柱を発見。

これが杉神社の鳥居です。このような独得の形をした鳥居は珍しいですね。境内に目を向けると、路面は足の踏み場がないほど杉の落葉だらけ。少し歩くのに躊躇(ちゅうちょ)したぞ。
杉は一年中落葉しているので、清掃してもきりがないので、これは仕方がないでしょう。意を決して、杉の落葉を踏みしめながら奥へ向かった次第です。

鳥居から約1分ほど歩くと、自然豊かな境内にて、ひと際目を引くのは杉の形をかたどった白い三角形の塔が見えてきました。これが、杉神社の御神体ですね。
杉神社について事前に調べた時に、この御神体の存在を知りましたが、実際に見てみるとその大きさにビックリ。それに加え、杉の木に囲まれた静謐な空気の中にポツンと建つ御神体の神々しさよ。杉の精霊が宿るというのもうなずけます。
また、御神体の奥には滝が流れているのも素晴らしい。滝については知らなかったので、二度驚きました。
杉神社や智頭宿については、下記関連記事でくわしく紹介します。
恋が叶う「恋山形駅」へ向かう道中にて

杉神社を後にすると、国道373号線を道なりに西粟倉村方面へ向けて進みます。その道中には「恋山形駅」があり、以前から興味がありました。
知っていますか、日本全国に「恋」の文字がつく駅は、わずか4つ(恋山形駅・母恋駅・恋し浜駅・恋ヶ窪駅)だけ。恋山形駅は、西日本で唯一恋を叶えてくれる駅ですよ。
その存在自体は、2~3年前から知ってはいたのですが、機会がなくて本日初めて訪れます。駅一帯がピンク色に染まっているということで、どのような雰囲気なのか楽しみですね。

しばらくして、左手側に公園が見えてきました。パッとみた瞬間の感想は景観良し。旅を続けていると、そのような場面と遭遇する機会は多いです。
なので、旅を計画する際には、ある程度の余裕時間を設けておくのが正解ですね。今回は少し悩みましたがパスすることに。晴れていれば、きっと立ち寄っていたでしょう。
そういう意味でも天気の力は偉大です。

途中から国道を離れて、千代川を挟んだ対岸の道路を進みます。千代川は、鳥取三大河川の一つであり、個人的に鳥取市用瀬町の雛流しが記憶に新しい。
実際に雛流しの様子を見た訳ではありませんが、以前訪れた「流しびなの館」が印象的だったので、よく覚えています。(くわしくは、こちらの記事で紹介)

流しびなの感慨にふけりながら自転車のペダルを回していると、対岸に薄緑色のバスを見つけて少し驚きました。あれは確かコミュニティバスの「すぎっ子バス」だったかしら。
運行を終了したと聞いていたのですが、どうやらスクールバスとして生まれ変わったようです。
日本全国では、バスにしろ鉄道にしろ公共交通機関の廃止や減便が増えており、移動の足が少なくなっている現状は深刻ですね。人口減少と高齢化により利用者が減っていたり、運転手不足が原因で維持が困難なのでしょう。
そう考えると、1日でも早いAIを搭載した無人バスや鉄道の登場が待ち望まれます。実際、このまま技術が進めば、実現可能と思いますが、トラブル対応などの安全面や運用面をどうするのかが課題だろうな。
それに本来ならば国営化した方が、資金面で良いのですが、過去の国鉄が抱えた天文学的な累積赤字という経験があるので、よほど革新的な政策を行ない黒字経営をできない限り、現実的には厳しいでしょう。
う~む、そう考えると都市部を中心にした周辺までにしか、公共交通機関の恩恵がなくなるのかも知れませんね。


しばらくして集落へ入ると、恋山形駅の案内板を発見。案内板は、大きなピンク色のハート型なので、これは目を引きます。
案内板に従い進むと、あっという間に恋山形駅へ辿り着きました。

聞いていた通り、駅一帯はピンク色に染まり、インパクトが抜群だ。また、ハート形の駅名標や恋ロード、恋の待合室、恋がかなう鐘など見どころが多いです。
ときめきを象徴する色合いに包まれた駅一帯は、不思議な幸福感を感じるぞ。さらにフォトジェニックな景観なので、カメラで撮影するのも楽しいですね。このような駅に出会ったのは初めて。良い経験をしました。
なるほど、縁結びスポットとして注目を集めている理由に納得です。恋山形駅については、下記関連記事でくわしく紹介します。
西粟倉村へ向けて疾走

国道373号線を南下し続けていくと、岡山県の西粟倉村へ入ります。
かつて鳥取県と岡山県の県境にある志戸坂峠を越える道は、「智頭往来」と呼ばれる道でした。勾配は約17%という激坂であり、峠越えの難所だったそうですよ。
今では志戸坂トンネルが開通し、国道が整備されているので随分と楽に通行できます。といっても、勾配は約7%の急坂が続くようなので楽観はできません。
サイコンで確認すると、約8kmほどの坂道が続いていることが分かりましたが、始めは緩やかな坂道で、峠の頂上へ近づくにつれて急坂になるようです。

しばらくすると、智頭町の福原地区へ入りました。そこで見つけたのが、こちらの旧山郷小学校。温かみを感じる校舎でしょ。智頭杉で建てられたこの木造校舎は、今では地域住民の憩いの場のようです。
スマホで確認すると、どうやら「おむすびころりん」という自家製野菜を活用した食堂があるみたい。丁度昼時なので、立ち寄ることに。
偶然出会ったスタッフに話を聞いてみると、どうやら既に閉館されたのこと。う~む、ネットの情報は常に最新とは限らないので、こういうことは普通に起こってしまう。
そのことに腹を立てる人もいますが、これは仕方がないでしょう。Googleマップで確認すると、西粟倉村へ入らないと食事処がないようなので、遅めの昼食となるかな。
旧山郷小学校を過ぎた辺りから、勾配が上がっていきます。どうやら峠道の始まりのようだ。ということで、いつも通りにマイペースで峠越へ挑みました。


人気を感じられない国道を進んでいると、右手側に名勝・副ヶ滝を発見。後から知ったのですが、「そうがたき」と読むそうです。う~む、日本語は難しい。発見した当初は普通に「ふくがたき」と呼んでいたぞ。
水量自体は少な目ですが、なぜか不思議な品を感じます。かつて志戸坂峠の手前に位置しているということで、旅人の定番休憩スポットだったそうですね。

おっ、これは智頭往来への入口ではないですか。この道は、さすがに自転車では無理そう。
副ヶ滝や千代川にて、水の流れを眺めながら小休止をとると、再び坂道を上り始めました。

道なりに緩やかな坂道を上り続けていると、頂上まで残り1.5kmほどで峠が本性を表します。自転車のギアをインナーローにして、黙々と急坂を上り続けることに。


すると前方に志戸坂トンネルが見えてきました。この地点で標高は約434mとのこと。結構のぼってきましたね。トンネルの長さは約1.6kmありますが、これを越えたら後はほとんど下り基調です。
ということで、サクッとトンネルを越えて西粟倉村へ入りました。
武蔵の里へ赴く

西粟倉村へ入ったあたりから天気が回復。次第に青空が広がってきて、これにはテンションが上がります。
西粟倉村は岡山県の北東端に位置し、村の約95%が森林で占められている人口約1,300人の小さな村ですね。今や「村」は、中国地方には3つしか残されておらず、岡山県に2つ(西粟倉村、新庄村)、島根県に1つ(知夫村)しかありません。
西粟倉村は、自然豊かな美しい景観と移住者やローカルベンチャーを積極的に受け入れていることから「奇跡の村」と呼ばれているそうですよ。
峠越えの代償?として、とりあえずお腹が減りましたので道の駅へ急ぎます。この時頭に浮かんだのは、「腹が減っては戦ができぬ」という諺(ことわざ)でした。

時刻を確認すると14時前。ほとんどお店がランチタイムの終了となる時刻ですが、そんな時に道の駅や飲食店チェーンは、ランチタイムに関係なく食事ができる所が多いのでありがたいですね。

チキンカツカレーを注文すると、出てきたチキンの大きさにビックリ。これは食べ応えがありそうです。使っている鶏は、鳥取県のブランド地鶏「大山鶏」とのこと。
カリッとした衣の中に、ふんわりと柔らかいジューシーなチキンの組み合わせが美味しかったですね。それに、カレーとの相性も抜群。お腹が減っていたこともあり、あっという間に頂きました。
しばらく道の駅で休憩した後で、本日の最終目的地である「武蔵の里」へ向かいます。
気力や体力も回復し、自転車のペダルを回す足取りも軽やかですよ。




「道の駅 あわくらんど」から約7kmほど南下すると、大原宿へ入りました。大原宿は、岡山県美作市にある江戸時代の因幡街道の宿場町ですね。
本陣や脇本陣、なまこ壁の町屋が残る町並みは、いかにも歴史を感じさせます。後醍醐天皇が鳥取の船上山から京都へ引き上げる際にも利用したそうで、重要な役割を果たしました。



岡山県の「町並み保存地区」に指定されており、ここまで来たら「武蔵の里」まであと少し。
ゆっくりと大原宿の見どころへ足を運びたいですが、そこはグッと我慢したぞ。というのは、武蔵の里で見て回りたい場所がそれなりに多いので、今回は町並みをサラッと眺めて過ごすだけにしました。

大原宿を後にして、約3kmほど南下すると武蔵の里へ到着。この頃には、朝方の曇り空が嘘のように天候が回復し、良いお天気に。これも武蔵のお導きなんだろうか。
そんなことを信じてしまうほど、観光日和になりました。
武蔵の里の玄関口となるのは、兵庫県と鳥取県を結ぶ智頭急行線の「宮本武蔵駅」です。そこから南へ約800mほど進んだところに武蔵の里大原観光協会があり、周辺には「武蔵の里」の見どころが集中しています。
観光協会の直ぐ近くにある無料駐車場へ自転車を停めると、歩いて見どころを見て回りしました。



武蔵が幼少期を過ごした生家跡や二刀流を思いついた「讃甘神社(さのもじんじゃ)」、宮本武蔵を祀る「武蔵神社」、武蔵のお墓などへ足を運び、感じ入ることが多かったです。
武蔵の里を一通り見て回ると、宮本武蔵駅から輪行にて帰路へつきました。「武蔵の里」については、下記関連記事でくわしく紹介します。
まとめ

本日の自転車旅は、JR智頭駅から旅立ち、智頭町にある江戸時代の宿場町・智頭宿へ向かいました。その後、杉の精霊を祀る「杉神社」や辺り一帯をピンク色に染める恋が叶う「恋山形駅」を巡り、そして「武蔵の里」へ訪れた次第です。
杉神社や恋山形駅では、その独特の雰囲気を味わいました。また、武蔵の里は閑静な里山であり、山の緑や川のせせらぎ、小鳥のさえずりなどにより、心身をリフレッシュできる豊かな自然が魅力的ですね。
武蔵の絶え間ない自己成長と、自分自身の道を最後まで信じて突き進んだ姿勢に、感銘を受ける人は多いでしょう。この里山で、武蔵の原点を垣間見た気がします。

