
現在では二刀流といえば、メジャーリーガーの大谷翔平選手を思い浮かべる人が多いですが、剣豪の二刀流といえば「宮本武蔵」が超有名ですね。
五輪書や巌流島の決闘などで知られ、絶え間ない自己成長と自分自身の道を最後まで信じて突き進んだ姿勢に、共感を覚える人も多いのではないだろうか。そんな彼は、岡山県美作市の山里で産まれました(所説あり)。
生誕地こと「武蔵の里」には、武蔵が幼少期を過ごした生家跡や二刀流を思いついた「讃甘神社(さのもじんじゃ)」、宮本武蔵を祀る「武蔵神社」、武蔵のお墓など見どころがいっぱい。里の玄関口となる宮本武蔵駅から彼の足跡を追ってみませんか。
本記事では、二天一流を創始した最強の剣豪・宮本武蔵の生誕地「武蔵の里」を紹介します。
目次
武蔵の里の玄関口「宮本武蔵駅」

武蔵の里の最寄り駅は、兵庫県と鳥取県を結ぶ智頭急行線の「宮本武蔵駅」です。
1994年に開業した小さな無人駅ですが、全国でも珍しいフルネームがついた駅名にびっくり。駅名がまんまなので、分かりやすいですね。
駅前には、少年時代の武蔵の銅像が設置されているので立ち寄ってみよう。

真中に少年時代の武蔵がいて、恋人のお通と幼馴染の本位田又八が並んでいます。これらの像は、吉川英治の小説「宮本武蔵」の世界観を表しているそうな。
あどけない表情で遊ぶ少年たちを見て、微笑ましく思うのは私だけではないでしょう。また、銅像前の花壇にも注目。

どうですか、花壇の並びが「ム・サ・シ」と読めるではないですか。こういう遊び心は、個人的に大好き。また、駅舎の窓を良く見るとハート形になっており、隠れた恋愛パワースポットになっています。
例年4月下旬~5月上旬頃には、満開の芝桜に包まれるそうなので、この時期に足を運ぶのがおすすめです。


ちなみに、武蔵の少年時代だけでなく、青年時代の銅像が駅から少しは離れた場所にある武蔵道場の敷地内にあります。高さ5.6mもある17歳の武蔵の姿を見て下さい。まっすぐ構えた二刀流の姿がカッコイイぞ!
武蔵道場は、剣道や居合などの稽古場なので、タイミングがあえば、ひっとすると未来の武蔵のかけ声が聞こえてくるのかも知れませんね。
【周辺の見どころ】
武蔵の里周辺の見どころを、下記記事で紹介します。
「武蔵の里大原観光協会」で里の情報とグッズをゲット

宮本武蔵駅から南へ約800mほど歩いたところに「武蔵の里大原観光協会武蔵」がありますので、まずはここを目指すのがおすすめです。
そして、里のマップや情報をゲットしよう。また、協会の建物内にはオリジナルの武蔵グッズを始め、美作市の特産品や岡山銘菓などを多数取りそろえています。
せっかくなので、スタッフに武蔵にまつわる面白い話を聞いてみよう。ちなみに、私は武蔵の里の見どころについて質問すると、色々と親切に説明して下さり理解が深まりました。

こちらは、武蔵の里のマップです。観光協会周辺に見どころが集中しているので、徒歩でも十分ですよ。
車で訪れる場合は、観光協会近くにある無料駐車場を利用すると便利です。

館内には日本刀(レプリカ)が展示されています。スタッフにお願いして触らせてもらうと、ずっしりとした重さを感じました。一般的な日本刀の重さは約1kgほど。これを片手で振り回すのは難しい。
そんな刀を二刀流で自在に操った武蔵の鍛錬は、凄まじいものだったのだろうな。その片鱗が見えた気がします。
平日の9時から17時まで電話相談(TEL 0868-78-3111)も受付けているので、武蔵の里へ訪れる前に気になることを確認すると良いですね。
武蔵の生家跡と平尾家

宮本武蔵が生まれ育った生家は、約60m四方の構の中に立つ大きな茅葺の家でしたが、火災により焼失したため、1942年(昭和17年)に現在の瓦屋となりました。
入口前には、2本のポールの間を鎖で結んで塞がれており、立入禁止となっているので建物内へ入ることはできません。無人の建物ですが、美作市が管理を行なっていて、外観は自由に見学できます。
武蔵の父は平田無二斎、祖父を平田将監といい、両人とも十手術(じってじゅつ)の達人だったそうな。そのような武術家の下で1584年(天正12年)に武蔵は生まれました。
十手術といえば、十手の鍵で刃を受けとめて撃ち込みなどを行ない、体術を交えて相手を制する近接戦闘の武術。個人的には、銭形平次を思い浮かべるかな。
そう考えると、武蔵のイメージとかけ離れているように感じます。実際、父親により十手術を教えられ厳しく育ったそうなので、日々の鍛錬を行ない続けた武蔵の精神性の原点が、ここにあるのではないでしょうかね。

生家跡に隣接して「宮本武蔵生誕地記念碑」があります。この碑は、熊本県の宮本武蔵顕彰会が当地を訪れた際、武蔵生誕の地であると確証した結果、1911年(明治44年)に建てられました。
記念碑の表面には「宮本武蔵生誕地」の文字が刻まれており、武蔵の偉業を静かに語りかけているように感じるのは、私だけではないと思います。
ちなみに生誕地は諸説があり、作州説(岡山県美作)と播磨説(兵庫県)があるぞ。長年にわたり研究が続けられていて、今では作州説が主流となりつつありますが、まだ結論は出ていません。

生家跡から約1分ほど歩くと、武蔵の姉・おぎんの嫁ぎ先といわれる平尾家のお屋敷が今も残っています。
町内で最も大きな茅葺き屋根の家なんだとか。今も子孫の方が住んでいるので、迷惑にならないように遠くから眺めましょう。
16歳になった武蔵が、武者修行へ出かける際に平尾家へ立ち寄り、家の道具や証文、家系図、十手、素槍などを姉夫婦に渡したそうです。
「讃甘神社」から二刀流が始まった

武蔵生家跡の隣には宮本川が流れており、この川を挟んだ向かいに剣聖のルーツを感じられる「讃甘神社(さのもじんじゃ)」が鎮座しています。
額に飾り屋根の付いた木の鳥居は、少し珍しいかな。そんな鳥居をくぐり抜けて、拝殿へお詣りしよう。
この神社は、武蔵少年が遊んだ場所なんだそうな。そして、それだけでなく二刀流を編み出すキッカケとなった場所でもあります。
聞くところによると、この神社の宮司が2本のバチで太鼓を叩き、左右均等な響きを奏でていることから「ピン!」ときて、二刀流を思いついたそうです。

かつては実近山の中腹に鎮座していましたが、天正年間の兵火により焼失してしまい、1661年(寛文元年)に今の地に移されました。
1695年(元録8年)に津山藩主・森長継により社殿が再建されています。ご祭神は以下の通りです。
- 大己貴命(おおむなちのみこと)
- 味鋤高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)
- 事代主命(ことしろぬしのみこと)
ご利益は「五穀豊穣・商売繁盛・合格祈願・武運長久」などが期待できますね。
静かな境内に立って物思いにふけっていると、元気よく駆け回る武蔵少年と仲間たちの楽しそうな声が聞こえてきそうです。
宮本川の水車が織りなす風景とツツジ園

宮本川に架かる宮橋を渡っている最中に目に留まるのが、川の畔に佇む小さな風車です。歴史を感じさせる茅葺き屋根がいい感じ。
山々に囲まれた里山にて、透き通る綺麗な宮本川と風車が良く調和しており、懐かしさを感じました。
この宮本川周辺では、例年8月のお盆の時期に「川魚つかみどり大会」が開催されます。ニジマスやヤマメが放流されるそうで、子供から大人まで競い合うようにして魚を捕まえ、大盛り上がりするそうですよ。

宮橋を渡り、武蔵の里大原観光協会へ向かう途中に見かけるのが、こちらの門です。どうやら鎌坂峠へ向かう入口のようだ。

この門の先は緩い坂道となっており、武蔵少年は鎌坂峠を越えて鳥取県平福にいた母のもとに何度も通っていました。

その道中には、ツツジ園があります。毎年4月中旬から5月中旬にかけて、約32aの敷地内に約2000本・約20種のツツジと20本のサツキが花を咲かせるという。
また、5月5日前後にはツツジ祭りが開催されるので、その時期に訪れるのも良いですね。ちなみに、私が訪れた時期は3月だったので、当然ツツジは咲いてなく、少し寂しい景色だったかな。

鎌坂峠までは約1kmほど。その道中には、平尾家や武蔵神社、武蔵の墓といった武蔵ゆかりの場所があるのでお見逃しなく。
これらは、入口門からさほど歩かない距離にあるのですが、もっと先には武蔵の竹馬の友である森岩彦兵衛の墓や、年中冷たくて美味しい湧き水・壱貫清水(いっかんしみず)などがあります。
武蔵が武者修行の旅に出る際に、森岩彦兵衛との別れを惜しんでこの清水を飲んだそうですね。興味がある方は、足を運んでみてはいかがですか。
「武蔵神社」で必勝祈願!

ツツジ園から鎌坂峠へ向けて約2分ほど歩いた字天王山の麓には、武蔵神社が鎮座しています。1971年(昭和46年)4月に建立された比較的新しい神社ですね。
武蔵奉賛会に賛同した全国1,300余名の寄付により建立されました。生涯負け無しの剣聖・宮本武蔵を祀り、合格祈願や必勝祈願などのご利益を求め多くの人が訪れます。
普段は無人のため、絵馬はたけぞう茶屋にて販売中。また、武蔵の里大原観光協会では、オリジナルの「勝守」をゲットできるぞ。

武蔵の本当に凄いところは「剣」でなく、その生き様ではないだろうか。自己鍛錬を追求する「真の強さ」に対する執着心や、二刀流のように形に縛られない自由な発想と精神、そして独り道を極める価値観だと思います。
常に自分自身と向き合い、絶え間ない自己成長を続け、自分の道を最後まで貫き通した信念と行動力は素晴らしいですね。

お詣りしようとすると、目の前に武蔵の肖像画を発見。じっとこちらを見つめる目に、思わず背筋をピーンと伸ばしてしまいました。(笑)
肖像画の隣には武蔵神社の額があり、これは彫所芸術の創始者である岡山県津山市出身の彫無季(ちょうむき)が手掛けたものです。

また、境内には武蔵が好んだ唐の詩人・白楽天(はくらくてん)の詩の一節を刻み込んだ「戦気の碑」や、武蔵が心に誓った処世訓を刻んだ「独行道の碑」があるのでお見逃しなく。
「寒流帯月澄如鏡」という言葉は、冷たい冬の川に月が映り、鏡のように澄みきっている様子を表現していることから、武蔵の研ぎ澄まされた剣の心構えが読み取れます。


個人的には、独行道の碑に刻まれた「善悪に他をねたむ心なし」や「自他共にうらみかこつ心なし」のような心を持った人が増えれば、この世から争いが激減すると思いました。
【神社仏閣の紹介】
旅先で訪れた神社仏閣を、下記記事で紹介します。
ハートマークが浮き出た武蔵神社の石垣に注目

こちらは、武蔵神社の本殿を横からみた様子です。本殿の石垣は、どこにでもあるような普通の石垣に見えますが、面白い現象が起きているのを知っていますか。
実は、石垣の一部にはハートマークが浮き出ているので探してみよう。よく探さないと見落としてしまいそうなので、気を付けて下さいね。

こちらが噂のハートマークです。どうですか、ここまでくっきりと自然に浮かび上がるのも珍しいのではないだろうか。
ある意味「恋」も戦いなので、勝負に勝つパワースポットのご利益にあやかりたいですね。
武蔵神社の裏手には「武蔵の墓」がある

武蔵神社の社殿の裏手には、たくさんの五輪塔が並んでいて、その一角に「武蔵の墓」が佇んでいます。
武蔵の養子・伊織により、終焉地の弓削の里(熊本)から分骨されたそうです。また、武蔵の墓の隣には、父の平田無二斎と母お政の墓が寄り添うような形で並んでいるのが印象的でした。
武蔵の墓には「賢正院玄信二天居士 宮本政名武蔵之碑」と刻まれています。この地に眠る宮本武蔵の一族のご冥福を祈り、静かに手を合わせて、おいとましましょう。

ちなみに、武蔵のライバルであった佐々木小次郎を含む六十余名の供養塔もあります。
刀の鍔がモチーフの「宮本武蔵顕彰 武蔵武道館」

武道のメッカとなることを目指して建設された武蔵武道館の外観は、インパクト抜群です。
他に類を見ない反りたった屋根にビックリ。武道館の外観は、武蔵作の刀の鍔(つば)で知られる「海鼠透鍔(なまこすかしつば)」をモチーフにしました。
2枚の貝殻がお互いを支え合っているように見え、シンボル性の高いデザインが秀逸ですね。

建物内には、剣道やバレーボール、バスケットボールなど各種競技に対応可能なメインアリーナを備え、国際大会レベルの剣道大会やコンサート、コンベンションにも対応可能です。
武蔵の里の中心部から少し離れた場所に建っていますが、武道の「静」と武蔵の「動」を表現した武蔵武道館は見逃せません。
たけぞう茶屋で一息ついてみてはいかが

武蔵の里大原観光協会から道路を挟んだ向こう側に「たけぞう茶屋」があります。店先には「武蔵二刀流麺」の文字が掲げらており、興味をそそるではないですか。
残念ながら私が訪ねた時は、すでにお店が閉まっていたので食べられませんでした。少し調べてみると、一つの器にそばとうどんが入っているそうな。

これは確かに二刀流かも。味は関西風なんだそうですよ。今度訪れた時には、ぜひ食したいです。
もちろん武蔵二刀流麺以外にもソフトクリームや山芋がたっぷり入ったお好み焼き「又八焼き」などがあるみたい。里の散策の休憩に立ち寄ってみてはいかがですか。
- 営業時間 9:30~15:30(ラストオーダーは15:00)
- 定休日 不定休
- 電話番号 0868-78-3281
「あばれたけぞう」探しにチャレンジ

宮本武蔵駅から武蔵の里の中心部へ向けて歩いていると、「あばれたけぞう」のお話を描いた石碑を至るどころで目撃します。
この石碑の物語は、武蔵の少年時代を描いたものですね。やんちゃで賢い武蔵少年が、武蔵坊弁慶に憧れを抱き、二刀流のヒントを得るまで面白おかしく描いています。
全部で19個の石碑(0番~18番)があるので、興味がある方は探し出してみよう。
ちなみに、武蔵の本当の幼名は弁之介だったそうで、吉川英治の小説などの影響により「たけぞう」の通称が有名ですね。弁慶への憧れから、勝手に武蔵を名乗り始めたということでした。
また、成人後の正式な本名は藤原玄信(ふじわらのはるのぶ)といって、宮本武蔵は通称なんだとか。知っていましたか。


武蔵の里の基本情報とアクセス
| 住所 | 岡山県美作市宮本周辺 |
| 電話番号 | 0868-78-3111(美作市大原総合支所) |
【アクセス】
- 智頭急行・宮本武蔵駅から徒歩約10分
- 鳥取自動車道「大原IC」から車で約5分
武蔵の里の駐車場
武蔵の里には無料駐車場があります。(普通車30台、大型車5台)
まとめ

宮本武蔵は二天一流を創始した剣豪であり、生涯60回以上の決闘で無敗を誇る「最強の剣豪」です。
彼の生き様は、自己鍛錬の追求や形に縛られない自由な精神、独り道を極める思想など、今を生きる私たちにも共感する部分が多いのではないでしょうか。
彼の生誕地である「武蔵の里」にて、生家跡や讃甘神社、武蔵神社など縁ある場所を巡ってみよう。
武蔵ファンの人はもちろん、そうでない方も、のどかな田舎の風景の中を歩きながら、武蔵が幼少期を過ごした日常を垣間見てはいかがですか。今後の人生の歩みに関わるヒントが、見えてくるかも知れません。

