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旅の体験談

兵庫・生野銀山の観光、銀山ボーイズが案内する日本遺産の銀山跡を巡る

「生野銀山」の紹介サムネ

兵庫県朝来市(あさごし)の山間部には、日本最大級の銀山跡が残っています。それが「生野銀山(いくのぎんざん)」ですね。

室町時代から本格的な採掘が行われ、昭和中期から後期へ移り変わる時期に閉山となり、今や観光地として知られています。

総延長350kmの坑道一部を公開しており、坑内には鉱夫たちを再現した約60体のマネキン人形がお出迎え。その名は、超スーパー地下アイドル「銀山ボーイズ」という。坑内には様々な見どころがありますが、特に迫力ある「巻揚機」は必見ですよ。

また、坑道外には四季折々の自然の下、圧巻の露天掘り跡や坑口がいっぱい。さらに鉱山資料館や生野鉱物館にて、鉱山文化や実際に使用されていた道具を始め、書物・絵画など関連資料を見学しよう。

本記事では、国内有数の大鉱山であった日本遺産「生野銀山」を紹介します。

本記事は、以下に該当する人向けです。

  • 兵庫県朝来市へ観光する予定
  • 日本遺産や産業遺産、鉱山に興味がある
  • 生野銀山の見どころを知りたい

生野銀山の歴史

生野銀山

生野銀山は、兵庫県朝来市の南端にある日本屈指の鉱山です。

807年(大同2年)に初めて銀が発見されたそうで、1542年(天文11年)に当時の但馬守護職・山名祐豊(やまな すけとよ)が銀山を掘り出し、本格的な発掘につながったと伝わっています。

銀だけでなく、金や銅、錫(すず)、亜鉛など豊富な鉱物が採掘され、時の権力者の財政を支えてきました。特に織田信長や豊臣秀吉、徳川家康は直轄地と管理し、その豊富な銀資源は政権の力の源だったそうです。

明治元年(1868年)には、新政府の直轄となり、官営鉱山の第1号に決定。フランス人技術者のジャン・フランソワ・コワニェの指導のもと、劇的に近代化されることに。

ジャン・フランソワ・コワニェの像
ジャン・フランソワ・コワニェの像

西洋技術の導入により、鉱石運搬用軌道の新設、神子畑と生野を結ぶ道路の整備など掘削・排水・輸送が効率化され、生野銀山は日本の近代鉱業の原点となりました。

その後、1896年(明治29年)に三菱系企業が所有すると、1973年(昭和48年)に閉山。約1,200年に及ぶ銀山としての役目を終えた次第です。

2017年4月には、「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」の構成文化財として日本遺産に認定されています。

生野銀山のコースと所要時間

生野銀山 坑内案内図
生野銀山 坑内案内図

生野銀山の見学コースは、大きく分けて坑道内(金香瀬坑道)と坑道外(金香瀬旧坑露頭群跡)の2つあります。

鉱山の外側を回る坑道外には、迫力ある露天掘り跡が複数あり。どちらから見学してもOK。時間に余裕がある方は、両方を見て回るのをおすすめします。

坑道内の所要時間は30~40分ほど。坑道外は20~30分ほどかかるので、あわせて50~70分ほどは見ておきたい。その他にも敷地内には、生野鉱物館や鉱山資料館、吹屋資料館といった博物館もあるので、トータルで1時間30分から2時間ほどは必要ですね。

歴史的価値の高い石造りの門柱や代官所門を抜けて金香瀬坑道へ

菊の御門が目を引く門柱
菊の御門が目を引く門柱

生野銀山の駐車場入口前には、見るからに歴史を感じさせる門柱が建っています。左右それぞれの門には菊の御門が入っており、特別性を感じる人も多いだろう。

そもそも生野銀山は、明治に入り長い天領時代から政府直轄鉱山になりました。なので、菊の御門が入るのも納得です。

1876年(明治9年)に当時の工場正門として造られていたものを、閉山後の1977年(昭和52年)に今の位置へ移動。その後、多くの観光客をお出迎えてしています。

生野代官所門、天領だった証だ
生野代官所門、天領だった証だ

門の奥へ歩いていくと、「生野代官所」の看板を掲げた趣ある門を発見。天領だった当時は代官所が設けられていたので、その歴史を感じさせます。

この門は、移築されたものではなく復元されたそうですよ。

入場券販売所、季節によって営業時間はまちまち
入場券販売所、季節によって営業時間はまちまち

この門の先からは有料なので、門を正面にして左手側にある入場券販売所で入場券をゲットしましょう。

門をくぐり最奥まで歩いていくと、一般公開された「金香瀬坑道(かながせこうどう)」の入口があります。その道中にも見どころが多く、鉱山資料館や吹屋資料館などがあるので足を運んでいこう。

小さな坑道、手前には賽銭箱がある
小さな坑道、手前には賽銭箱がある
坑道内にある山神宮分社
坑道内にある山神宮分社

こちらは、山神宮分社のある洞窟。徳川時代末期に手掘りで掘られた坑道なんだそうな。門が閉ざされており、坑内へ入れませんが奥には小さな祠が見えます。

この祠は、鉱業守護の神様・金山彦命(かなやまひこのみこと)を祀った山神宮の分社で、太盛山金香瀬山の黄銅石を「見石」としてお供えしているとのこと。

金香瀬坑道へ入る前に、安全を祈願してはいかがですか。

金香瀬坑道の入口が見えてきた

生野代官所門から約2分ほど歩いたでしょうか、奥に金香瀬坑道の入口が見えてきました。

この坑道の周囲には、不動の滝や滝間歩(たきまぶ)旧坑があるので見物してから金香瀬坑道へ入っても良し。金香瀬坑道の出口を抜けると、直ぐに右手側に不動の滝が現れるので、後からじっくりと見学するのも良いですね。

銀山ボーイズが案内する「金香瀬坑道内」は見どころ多し

金香瀬坑道の入口
金香瀬坑道の入口

生野銀山の一番の見どころは「金香瀬坑道」です。総延長350Km、地下880mの深さまで達するほどの広大な広さなんだとか。スケールが大きすぎて、少しピンとこないですね。

この規模は、新大阪駅から静岡駅近くまでの距離に匹敵するほどですよ。どうですか、そう聞くととんでもない広さであることをイメージできるでしょ。

一般公開されているのは約1kmとほんの一部ですが、かつて多くの鉱夫たちが、命をかけて作業をしていた世界を垣間見ることができます。

薄暗い坑道が醸す重厚な雰囲気がいい感じ。そんな坑内を案内してくれるのが、「銀山ボーイズ(マネキン人形)」の皆さんですね。

坑内は近代坑道と江戸時代の旧坑道の2種類で構成されていて、銀山ボーイズの服装や装備は、その時代に応じているのにも注目しよう。

堀大工、真剣な表情が良し
堀大工、真剣な表情が良し
狸彫
狸彫

江戸時代では、堀大工がノミ1本に自分の命を託し、掘り進めながら鉱脈を探り当てていました。想像するだけで、かなり大変そう。

実際、ノミによる手掘り跡(狸彫)を至るどころで見かけます。真っ暗な坑内を作業するに当たり、サザエの貝殻に油を入れて灯りをともして、それを手に持ち進んでいたそうです。

樋引人足、地下水を排水するぞ
樋引人足、地下水を排水するぞ

また、坑内の地下水を排水するのは、樋引人足(ひびきにんそく)のお仕事。こちらも命がけですね。とても過酷な環境であり、落盤やガス、塵肺などの危険と常に隣り合わせでした。

リアルな鉱夫の仕草や表情から、息づかいが聞こえてくるように感じられるのは、私だけではないだろうな。

年間を通して13度前後に保たれている坑内は、現在は観光坑道として整備されており、快適に見学できます。

灯りは点いているが薄暗い
灯りは点いているが薄暗い
所々では、頭上に水滴が落ちてくることも
所々では、頭上に水滴が落ちてくることも
五枚合掌支柱組だ、太い木材が印象的
五枚合掌支柱組だ、太い木材が印象的

こちらの五枚合掌支柱組に注目。坑道が崩れないように、檜の丸太を組合わせ補強する伝統的な木造工法ですよ。江戸時代の技術が、今も至るどころに残っているのでお見逃しなく。

休憩所
休憩所

坑内を歩き疲れたら休憩所で一休み。危険なので、柵を越えて水の中へ入らないように。滝を眺めながら、一息ついて下さいね。

馬蹄形鋼枠二枚合掌
馬蹄形鋼枠二枚合掌

おっ、これは馬の蹄(ひずめ)の形にそっくり。生野銀山のパンフレットやポスターなどで見かける機会が多いかも。こちらは「馬蹄形鋼枠二枚合掌」と呼ばれる落盤防止用の鋼鉄製の枠です。

明治時代以降の近代化に伴う過程で導入されたものなんだとか。江戸時代の木製から強度の高い鋼鉄製にレベルアップすることに。

個人的には、馬蹄形鋼枠二枚合掌の中を歩いていると、形こそ違いますが、まるで神社の千本鳥居をくぐるような感じがしました。

採掘はお任せ下さい
採掘はお任せ下さい
ダイナマイトで爆破するぞ!
ダイナマイトで爆破するぞ!
トロッコを使うので鉱物の運搬が楽だ
トロッコを使うので鉱物の運搬が楽だ

日本で初めて本格導入された火薬発破や西洋機械により、これまでの手作業と比べて作業効率が大幅に向上したは言うまでもありません。

明治以前までの300年以上では銀の産量が950トンに対し、明治時代の43年間で136トンを産出。大正時代の14年間では100トンを産出することに。近代化の力は凄すぎます。

その中でも蒸気機関を用いた巻揚機(エレベーター)の導入が決定的でしょう。地下深くからの運搬効率が目を見張るぐらい上がりました。また、換気や排水方法も近代化し、安全面もグレードアップ。より深部の採掘が可能となった訳です。

岩盤と鉱脈
岩盤と鉱脈

そもそも明治以前は、探鉱に山師が入り地表に出ている鉱石を発見すると、そこから下へ下へ採掘する方法でした。

それが明治以降になると、まず竪坑を掘り坑道を入れて試し掘りをして、鉱脈を見つけ出します。そして、最短で坑道を作り、鉱脈を掘り進める方法となりました。

日本の鉱業技術を根本から変える様は、当時の鉱夫にとっては、大きな影響と喜びをもたらす結果に。コワニェさんには、感謝が尽きないですね。

江戸時代の鉱山絵巻
江戸時代の鉱山絵巻
代官所から派遣された役人
代官所から派遣された役人

出口が近づくと、江戸時代の採掘や製錬、汰り場の作業などを表した鉱山絵巻や、「振矩師(測量士)」「石砕作業」「木作りをする手子」「見回り役人」など大勢の銀山ボーイズがそろい踏み。

銀山ボーイズのおかげで、最期まで楽しく生野銀山の歴史を学べます。

大迫力の「巻揚機」は必見

巻揚機
巻揚機

坑内を歩いていると、ひと際大きな空間へ辿り着きます。正面には「巻揚機」が配置されており、その大きさには圧倒されますね。

この巻揚機は、1929年(昭和4年)に製造されました。当時のままの姿で今も残り、生野銀山の近代化を象徴するものなんだそうです。

巻揚機の前には柵があるので、近付くことはできないのが少しだけ残念かな。まぁ、安全面を考えればそれもしょうがないでしょう。

断面図から立坑は深いことが良く分かる
断面図から立坑は深いことが良く分かる

こちらの断面図に注目。エレベーターが設置されている穴の深さは、なんと最深部は880mもあるではないですか。

ということは、日本一高い塔で知られる東京スカイツリー(634m)よりも更に高いのだから凄すぎます。

エレベーター
エレベーター

巻揚機とエレベーターは、大量の鉱石や作業員を垂直に掘られた坑道を行き来するために大活躍していました。

坑道では、エレベーターのワイヤーは作業員にとって命綱そのもの。なので、巻揚機の操作ミスは絶対に許せません。デジタル機器がない当時では、オペレーターが機械的な目盛りやワイヤーの音などを頼りに、坑道の階層へ移動させていたそうです。

そこには、高度な熟練の技が必要だったはず。それに加え、極限の緊張感の中で作業を行なっていたのでしょう。

ぜひ巨大な巻揚機を見学しながら、当時の技術力の高さを肌で感じ取って下さいね。

ダイナマイトで造られた巨大な板状の空洞「シュリンケージ採掘跡」

眼下にシュリンケージ採掘跡が残る
眼下にシュリンケージ採掘跡が残る

坑道の最奥地点には、シュリンケージ採掘跡が残っています。

シュリンケージ採掘法とは、ダイナマイトを使用して発破により砕かれた鉱石を足場にして、鉱脈を辿って下から上へ向けて掘り進めていく方法ですね。

そして最上部まで辿り着くと、残しておいた鉱石を下の坑道から抜き取ります。その結果できるのが、巨大な板状の空洞です。

シュリンケージ採掘跡
シュリンケージ採掘跡

こちらがそのできた空洞。どうですか、凄いでしょ。この穴は昭和34年頃にできたそうで、深さは約30mほどあるみたい。

鉱脈というのは、1枚の板を立てたような状況で地下から噴出するそうです。長いものには1km以上もあるというのだから、その事実に驚きました。

豊臣秀吉が激賞した「太閤水」とワイン熟成庫

太閤水
太閤水

生野銀山には豊臣秀吉が自ら足を運び、坑道の水を使って茶を点てたという伝説が残っています。

坑道を歩いていると、ドボドボと湧水が流れているところがあり、そこには「太閤水」の案内板が設置されていました。

現在は飲料に適さないということで飲めないようです。う~む、どれほど美味なのか確認できないのが残念ですね。

少し調べてみると、生野銀山周辺の湧き水は、一般的に軟水なんだそうな。そう考えると、さっぱりとした軽い口当たりで、美味しさが抜群だったのではないでしょうか。

ワイン熟成庫(右側)
ワイン熟成庫(右側)

また、坑内には酒岳堂生野銀山熟成庫があります。実はこれ、現役の熟成庫ですよ。坑道の年間平均気温(約13度)と湿度が安定していてるので、ワインや日本酒の熟成に適した環境ですね。

売店で販売されているので、興味がある方はお土産にどうぞ。

坑道外には圧巻の露天掘り跡や坑口がいっぱい

徳川時代の露頭採掘跡・慶寿ひ(露天掘り跡)
徳川時代の露頭採掘跡・慶寿ひ

金香瀬坑道の入口横にある石段を上った先には、たくさんの露天掘り跡や坑口を見物できます。

地中から鉱脈が地表に現れた部分を「露頭」といい、昔はこの露頭を探しあててから地中を掘り進めていました。

その大きな割れ目は、今も残っているのでお見逃しなく。特に生野銀山最大の鉱脈「千珠ひ」の一部である「慶寿ひ」という露天掘り跡や、金香瀬坑道まで続く大丸坑の採掘跡は迫力満点。

四季折々の自然の中をハイキング感覚で歩いて見て回れます。

鉱山資料館と生野鉱物館

鉱山資料館
鉱山資料館

鉱山資料館では、生野銀山の歴史をパネル資料や豊富な展示品を用いて説明しています。

徳川時代の銀山の様子を描いた絵巻物を始め、鉱石や水力発電設備、実際に使われていた道具、書物など関連資料が目白押し。

その中でも目を引くのは、坑道の一部を再現した高さ568cm、幅1440cmもある巨大な模型ですね。

坑道の模型(15分の1サイズ)
坑道の模型(15分の1サイズ)

こちらを見て下さい。まるでアリの巣のような複雑さが見て取れます。

アリはフェロモンと記憶を組み合わせながら、効率よく巣の内部を移動するそうですが、人間には難しいかも。良く慣れていなければ、絶対に迷子が続出したでしょう。

生野鉱物館
生野鉱物館

こちらは、生野鉱物館(生野銀山文化ミュージアム)です。

生野鉱山の歴史や鉱山文化などを紹介するパネル資料を始め、生野鉱山で長い間活躍されてこられた藤原寅勝氏のコレクション609点や、小野治郎八氏のコレクション155点などの貴重な鉱物標本を見学できます。

原寸大坑道模型(狸掘)
原寸大坑道模型(狸掘)

特に注目したいのが、こちらの原寸大坑道模型。生野銀山だけでなく、世界遺産として知られる島根県の石見銀山の坑道模型もあるぞ。

模型をくぐり抜け、その大きさを肌で感じ取って下さいね。

【石見銀山の紹介】

旅先で訪れた石見銀山と周辺にある大森地区について、下記記事で紹介します。

銀山ボーイズの活動範囲が凄い

銀山ボーイズ
銀山ボーイズ

銀山ボーイズがいるのは、坑内だけではありません。おみやげ館や吹屋資料館などでも出会います。

生野銀山の公式キャラクターとして、観光PR用の動画やオリジナルグッズの販売などにも用いられているグループですね。

そもそも鉱夫は、重要な職責を担っています。自分の生活のため、愛する家族のため、または信頼する友のため、あるいは国家を支えるため、彼らにしか分からない信念があり、様々な熱いドラマがあるのでしょう。

そんな鉱夫たちを模した約60体の銀山ボーイズの皆さん。どのようなプロフィールがあるのか気になりませんか。

プロフィールを見てメンバーの特徴を知ろう
プロフィールを見てメンバーの特徴を知ろう

おみやげ館にて、全メンバーのプロフィールを見つけましたので、興味がある方はじっくりと読んでみて下さい。

たとえば、そっくんの視力は3.5もあり、一目見ただけで物の長さをピタリと当てるという。生野銀山社長の鼻の高さも直ぐに分かったそうですよ。伸一にいたっては、彼が砕いた岩からは必ず銀がでるといわれていて「岩砕きの伸一」という二つ名があるぞ。

ほのぼのしたものから、凄い系までメンバー1人1人の自己紹介が面白いです。

ノミセブンとはいったい?
ノミセブンとはいったい?

また、人気投票(総選挙)も行われているようで、選抜メンバーが決定されたのこと。う~む、イケメンが多いかな。

さらに「ギンギラ銀山パラダイス」や「GO!!!」などの曲をリリースしているというのだから凄くないですか。その活動ぶりの広さにはビックリしました。

銀山ボーイズは、ユニークな観光プロモーションを通じて、地域経済の活性化を図っています。

生野銀山の基本情報とアクセス

住所兵庫県朝来市生野町小野33-5
電話番号079-679-2010
営業時間4~10月 9:10~17:20(最終入場 16:40)
11月  9:10~16:50(最終入場 16:10)
12~2月 9:40~16:20(最終入場 15:40)
3月   9:40~16:50(最終入場 16:10)
定休日12月~2月の毎週火曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12/29~1/3)
入場料大人 1,200円(1,000円)
小中高生 600円(500円)
※30名以上で割引きあり、( )内の金額は割引き後の料金

【アクセス】

  • JR生野駅からタクシーで約10分
  • JR生野駅からバスに乗って生野銀山口で下車後、徒歩約10分
  • 播但連絡道路「生野IC」から車で約10分

※土日祝日はバスの本数が少ないので、タクシーの利用がおすすめです。

生野銀山の駐車場

生野銀山には、無料駐車場があります。(普通車210台、バス10台)

まとめ

銀山ボーイズの働く姿

日本最大級の鉱脈であった「生野銀山」。日本の財政と近代化に大きく貢献しました。

坑夫たちを再現した銀山ボーイズの案内の下、日本の産業発展を支えた人々の熱気を肌で感じて下さいね。

坑内は単調な景色が続くので、退屈と感じるかも知れませんが、巻揚機やシュリンケージ採掘跡、太閤水、五枚合掌支柱組などの見どころが多いので、思った以上に楽しめると思います。

特に歴史的な背景を事前に知っていると、より興味深く見物できるだろうな。また、坑道外も魅力的。四季折々の自然の中を歩きながら、露天掘り跡の迫力を肌で感じて下さい。

兵庫県朝来市には、生野銀山以外にも「天空の城」で有名な竹田城跡や立雲峡、かつて東洋一と称された大規模な鉱石選別施設「神子畑選鉱場跡」がありますので、あわせて足を運んでみてはいかがですか。



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年齢:40代。
職業:旅人兼ブロガー。

私にとって自転車旅が一番の楽しみであり、知らない土地、景色、一期一会の出会いなど様々な体験をしました。当ブログでは、自転車旅などを通じて体験した事や訪れた絶景・観光スポットについて紹介します。また、自転車全般に役立つ情報を発信しています。

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