
岡山県で定番の観光スポットの一つに数えられているのが「岡山城」です。
2022年に大規模なリニューアルを終えて、その魅力はさらにアップしました。全国的にも珍しい不等辺五角形の天守台に、黒漆塗りの下見板をはめ込んだ真っ黒な天守閣の威風堂々とした佇まいは見事なり。
また、江戸時代の遺構として今もその姿が残る「月見櫓」や石垣の造形美など見どころが多いです。天守閣内では、戦国・江戸時代の岡山の歴史と文化を伝えており、その時代を体験できる催し物を楽しもう。
それに加え、JR岡山駅からのアクセスが良いのはありがたいですね。
本記事では、宇喜多氏・小早川氏・池田氏という三つの大名が過ごした「岡山城」の魅力を紹介します。
目次
岡山城とは

岡山城は、岡山県岡山市に位置する城郭で、1597年(慶長2年)に豊臣家五大老の一人・宇喜多秀家(うきた ひでいえ)が築城しました。
旭川の河道を利用して城の北や東を守る堀を整えると、堀の間には南北に長い城下町をつくることで、今の岡山市街の原型となっています。
その後、城主は小早川秀秋(こばやかわひであき)、池田家が受け継ぐと、さらに岡山城や城下町は整備・拡張されていくことに。城の名前である「岡山」が、県名や市名の礎となっているのは一目瞭然ですね。
太平洋戦争末期の岡山大空襲による戦災により、天守閣は消失してしまいましたが、1966年に復活を願う市民の熱意により再建されました。
現在では、日本100名城のひとつに数えられており、津山城・備中松山城とあわせて岡山県三名城とも呼ばれています。
【お城の紹介(その1)】
旅先で訪れたお城や城跡を、下記記事で紹介します。
目安橋を渡り不明門をくぐり抜け天守閣へ

岡山城の南側にある烏城公園駐車場からお堀沿いを約1分ほど歩くと、岡山城の天守閣が建つ烏城公園の入口へ到着します。
お堀には目安橋が架かっていて、この橋が大手(表口)側から本丸へ通じているのです。この橋は、名君と名高い池田光政が、領民からの投書を受け付けるための目安箱が置かれていたそうな。足元を照らす灯籠には、池田家の家紋が描かれているのが印象的ですね。
橋を渡り、正面に見える枡形虎口を通り抜け、そのまま天守閣へ向けて城内を歩いて行こう。



しばらくすると、鉄門(くろがねもん)跡へ到着します。かつてこの場所には、木の部分を鉄板で覆っていた門がありました。下の段の南側から中の段へ通ずる櫓門だったそうです。
鉄門跡を通り抜け階段を上りきると、かつて表書院があった広場へ出ます。

表書院は、岡山藩の政治が行われていた御殿であり、大小60を越える部屋があったという。今は建物は何も残されていません。発掘調査で出土された建物の礎石などの遺構は地下に保存されており、地表には位置や間取りなどを表示しています。
広場を見渡すと、奥には月見櫓が見えますね。また、右手側に大きな門があるのでそちらへ進みましょう。

この門は「不明門(あかずのもん)」といいます。明治時代に取り壊されましたが、1966年に外観が再現されました。
本段に上がる入口として高い防御力を誇る大型の城門なんだとか。普段はかたく閉ざされているため、「あかずのもん」という名前の由来となりました。
普段開かないのであれば、普段はどこを通っていたのか気になりませんか。どうやら江戸時代には、藩主の移動は天守近くにあった渡り廊下で行われていたそうです。


不明門を通り抜けて階段を上ると天守閣が見えてきます。その勇壮な佇まいにテンションが上がる、上がる。
ということで、天守閣の中へ入る前に外観をじっくりと見物しよう。ちなみに、天守閣が焼失前に柱を支えていた礎石が近くに移されているので、お見逃しなく。
天守閣には見どころがいっぱい

岡山城の天守閣は、黒漆塗りの下見板と金箔瓦が使用されているため、真っ黒な外観に金色のアクセントが入っているのが特徴的です。
カラスの羽根の色のような真っ黒の外観のため「烏城(うじょう)」の愛称で親しまれている。また、屋根に金箔瓦が使われているので「金烏城(きんうじょう)」という別名もあります。
特に面白いと思うのは、不等辺五角形となっている天守台に複合式望楼型4重6階という複雑な構造ではないだろうか。そのため、見る方向によっては、全く異なる姿を見せる珍しい城ですよ。

天守前広場や隣接する岡山後楽園方面から眺めると、どっしりした安定感のあるように見えますが、東側から見ると細長く見えるので、色々な角度から眺めてみよう。
このような櫓と天守閣が直接連結している複合式天守は、国宝の犬山城や松江城にも見て取れますね。

天守閣内は博物館になっていて、実に見応えあり。地下1階から6階までの7フロアには、岡山の歴史や文化をテーマにそって紹介していて、体験コーナーや烏城カフェ、金烏城商店などもあります。
尚、各フロアのテーマを以下にまとめました。
| 6階 | ”烏城”岡山城の魅力 最上階の姿 |
| 5階 | 今につながる城下町 |
| 4階 | 岡山 戦国の表舞台へ ~宇喜多直家と秀家~ |
| 3階 | それぞれの関ヶ原 |
| 2階 | 池田光政と綱政 ~江戸時代の岡山~ |
| 1階 | 体験・記念撮影コーナー 体感 戦国絵巻 |
| 地下1階 | ”烏城”岡山城の魅力 よみがえる岡山城本丸 |
| 塩蔵 | 岡山の忍者 |
受付のある地下1階から順番に1階づつ登って見て回っても良いですが、おすすめの順番があるとのこと。それは地下1階の次に6階へ一気に上がり、そこから下の階へ順番に見て回るのが良いそうです。
地下1階から4階まではエレベーターがありますが、5階と6階にはないので、階段を使って移動して下さいね。
【お城の紹介(その2)】
旅先で訪れたお城や城跡を、下記記事で紹介します。
戦国・江戸時代の岡山の歴史と文化を伝える博物館

天守閣内では、城下町の移り変わりをプロジェクションマッピングで表現したり、江戸時代の岡山城を再現した展示模型、岡山城に縁ある宇喜多・小早川・池田家それぞれの功績などをパネル資料で紹介しています。
岡山城主として城下町を最も発展させたのは、基礎を築いた初代城主・宇喜多秀家と5代城主で名君と名高い池田光政でしょう。
特に光政は、自ら政治を行なう働く藩主として、藩政改革を行ない財政を立て直し、人材育成に尽力した人物として超有名。政治・教育・災害対策など今の岡山の基礎を築いた功績が凄すぎます。
全国発となる庶民向けの学校「閑谷学校」を創設したのも光政です。家臣だけでなく、領民にも学問の普及を務めたのは、先見の明があると言わざるを得ません。
また、光政の息子であり6代城主の池田綱政は、沖新田の開墾事業を推進したり、日本三大庭園の一つ「後楽園」を造営したということで岡山県民に親しみがあります。

岡山城の2階には、全国的に珍しい城主の間がありました。床の間や違い棚といった書院造ならではの格調高い造りだったそうです。
今の天守閣が再現された際、城主の間は縮小して位置を変えて再現されています。

様々な展示品の中でも個人的に注目したいのが、こちらの「金箔軒平瓦」です。この瓦は、宇喜多秀家時代の物なんだとか。屋根の軒先の先端に、軒丸瓦とともに用いられていました。
岡山城三之外曲輪跡から出土されたそうで、岡山城で発掘された金箔瓦で一番金箔が輝く一品と言われています。
馬や駕籠など江戸時代を体験できるコーナーの数々

レプリカですが、当時の日本刀や火縄銃といった武器を手に取れるコーナーがあるので、実際に持ってみよう。
片手で持つとそのズッシリとした重さに驚く人は多いと思います。両手で持っても振り回すのは、大変でしょうね。自在に操るには日々の鍛錬が欠かせないと思いました。

江戸時代の大名の移動手段として有名なのは、駕籠の存在でしょう。こちらの駕籠は、実際に中へ入ることができます。展示品の駕籠へ入れる機会なんて、そうそうないですよ。
無料で殿様や姫様の衣装を着ることができるので、着替えてから駕籠に乗って記念撮影をしてみてはいかがですか。

駕籠だけでなく、実物大の馬にまたがって記念撮影できるコーナーもあります。
撮影前に「やぁやぁ、我こそは!」と名乗りを上げるのも楽しそう。ただし、両手を放してポーズを決めるのは危ないので、気を付けて下さいね。
馬といえば、現代のサラブレッドのような大型馬をイメージする人が多いだろう。戦国時代の馬は日本の在来種だったので、ポニーサイズが主流でした。
時代とともに戦術が変化していくと、馬の使い方も進化することに。また、同時に馬は武将の権威や社会的地位を象徴する存在ですね。
最上階で眺める岡山市街の風景や金のシャチホコと桃

最上階となる6階からは、城下町として整備された岡山の市街地を一望できます。
特に北側の後楽園方面の風景がおすすめ。かつての城主たちが、このような風景を眺めていたかと思うと感慨深いです。

窓の格子の間から城外を眺める構造のため、視界一杯に見えないのが少しだけ残念。
それでも華頭窓(かとうまど)や壁の唐紙を再現しているので、焼失前の姿に迫る雰囲気が良し。よりリアル志向といえるでしょう。

窓から見えるのは、岡山市街の風景だけではありません。屋根に配置された金のシャチホコが、陽光に照らされまばゆい輝きを放っているではないですか。
こんなに間近で金のシャチホコを見られる機会なんてそうそうないので、お見逃しなく。

さらに屋根の上には、金色に輝く桃があるぞ。この桃は「桃瓦」と呼ばれるもので「さすが桃太郎で有名な岡山だな」と思う人も多いだろうな。
桃は古くから縁起物でとして、瓦に乗せて建物の安全を守る魔除け的な役割があるそうで、岡山云々に関係ないみたい。実際、他のお城にも桃瓦があったりします。
今も残る江戸時代の遺構「月見櫓」

本丸の北西方向を守っているのが「月見櫓」です。1620年代に建てられた当時から残る遺構で、明治時代以降の解体や戦災をまぬがれた貴重な建物として、国の重要文化財に指定されています。
この櫓は城郭の防御に欠かすことができないものでしたが、それだけでなく、四季の眺望を楽しみ小宴を催すために設置されたそうな。ちなみに名前の由来は、一説によると城主が月を眺めるために使われていたからだそうですよ。
確かに旭川沿いに隣接する後楽園を見渡せる風景は、素晴らしいですね。

月見櫓に接する石垣には、内側から鉄砲で狙い内するための隙間(銃眼石)を発見。櫓と一体となって、軍備を高めているのを見て取れます。
同じような物が見られるのは、徳川幕府の城(江戸・大阪・二条)のみなんだとか。そう考えると、岡山城の軍備のレベルの高さが垣間見えるだろう。

城の外から月見櫓を眺めてみると、いかにも堅牢そうだ。月見櫓の石垣は、白味の強い花崗岩を使用していて、瀬戸内海に浮かぶ犬島で切り出されたものです。
表面を平らに整えた長方形の石を、長辺を交互に振り分けて強度を高める「算木積み」という工法が採用されています。
【お城の紹介(その3)】
旅先で訪れたお城や城跡を、下記記事で紹介します。
石垣の造形美と発掘調査で発見された築城当時の石垣

先ほど目安橋を渡ると枡形虎口が見えることに触れましたが、これは城の出入り口である「虎口」は、敵を四角い空間に追い込んで四方から攻撃できるようにした防御拠点ですね。
それに下馬門の言葉から分かるように、門をくぐる時に馬から降りる必要があったみたい。つまり、城への進入を制限する場所であることが分かります。
また、枡形内にある色々な石垣には、巨石が使われていたりして、その中でもとても目を引く存在が「鏡石(かがみいし)」だろう。

この鏡石の高さは約4.1m、幅が3.4mもあり、発掘調査から池田家が城主になった頃に築かれたものなんだとか。城の正面玄関ともいえる場所にあるため、城主の威厳や権力を誇示するために置かれたものだと思います。
このような巨石は、他の石垣の中でも見られるので、見比べてみてはいかがですか。

内下馬門枡形虎口を奥へ歩いて行くと、大納戸櫓があった場所に辿り着きます。櫓は残っていませんが、美しい曲線の石垣が見事なり。
この石垣は、関ヶ原合戦後に小早川秀秋が築いたそうで、その後に池田家が大幅に改修しました。加工をあまり施していない自然石を用いて築かれていて、上にいくほど傾斜が大きくなっているのを見て取れます。
ちなみに大納戸櫓は、本丸の守備の要となる三重四階建てだったそうで、城内で天守に次ぐ大きさの櫓でした。
それでは、岡山城の石垣をダイジェストで紹介。




岡山城は、宇喜多・小早川・池田家と歴代の城主たちが整備・改修を繰り返したため、石の加工方法や積み方に違いがみられます。
様々な石垣の細部を見物して、その違いを見て回るのも楽しみ方の一つですね。

かつて表書院があった跡地を歩いていると、柵に囲まれた下へ降りる階段を発見。

階段を降りると、なんとポツンと置かれた古びた石垣があるではないですか。
実は、この石垣は発掘調査によって見つかった宇喜多秀家時代のものなんだとか。つまり、岡山城の築城当時の石垣ですね。江戸時代の初めに城を改造する時に、この石垣を埋め込んで中の段を北に大きく広げたそうで、その結果地中に埋もれていました。
城の石垣にしてはずいぶんと傾斜が緩やかだな。私たちが良く知る上方ほど傾斜が急になる石垣を見慣れていると不思議に思いますが、このような「反り」がない石垣は古い時期の特徴です。

また、直ぐ近くには地層も展示されており、石垣が埋め込まれていた深さが分かるようになっています。
現在の地表の違いと比較すると面白いかも。この石垣を埋め込んだ造成土からは、金箔をおこした桐の文様の瓦が出土されました。
こういうのを見物していると、まるで発掘調査を体験しているような感じがして楽しいですね。
【お城の紹介(その4)】
旅先で訪れたお城や城跡を、下記記事で紹介します。
藩士のお供が待機した「供腰掛」

城内には「供腰掛(とものこしかけ)」と呼ばれる建物があります。
この建物は、江戸時代に岡山城へ登城する藩士のお供が待機する場所でした。明治時代に一度は取り壊されたのですが、2021年に復元され今に至ります。
城内の絵図によると、土間に縁台を設けた簡素な建物だったみたい。発掘調査で基壇や雨落ち溝、礎石の一部が見つかっています。
かつて主人の用事が終わるまで、この場所でどのように過ごしていたのかを想像してみよう。ただひたすらジッと待っていたかも知れないし、ひっとすると他の藩士のお供と情報交換を行なっていたのかも知れないですね。

内部には、当時の城の様子を説明したパネル資料を展示しています。
休憩場所として利用できるので、当時のお供のように履き物を抜いで縁側でくつろいでみよう。
後楽園へ向かうには「廊下門」をくぐり抜けよう

月見櫓に近い場所にあり、本丸の裏手となる場所には「廊下門」があります。現在の門は、1966年に再建されました。
門の上にある上屋にて敵を迎え撃つのですが、それだけでなく、城主の住居と政治の場であった中の段を結ぶ城主専用の廊下として使用されていたそうです。

廊下門をくぐり抜けた後は、まずは振り返って天守閣を見上げてみよう。先ほど正面から見た時と比べて違った印象を抱くだろうな。

また、目の前には岡山三大河川の一つである旭川が流れており、そこに架かる橋を渡ると「後楽園」の裏門へつながります。裏門からでも入場券を購入できるのでご安心して下さいね。

旭川では、スワンボートや桃ボートを楽しめます。それにしても桃ボートとは、さすがは桃太郎の縁の地かな。
まるで桃太郎が入っていただろうと思われる大きな桃に乗って、どんぶらこと流れる体験を楽しんでみてはいかがですか。
お城で備前焼の体験ができる

岡山を代表する伝統工芸品の一つには「備前焼」があります。
城内には備前焼の工房があるので、実際に自分で作ってみよう。スタッフがわかりやすく教えてくれて、必要な道具も全部そろっている。
なので、初めての方でも安心して体験できます。主に作れるものは、丸皿や角皿、葉皿、箸置き、小鉢、湯のみですよ。焼き上がった後は、後日送ってくれるのもありがたいですね。(別途送料要)
当日にいきなり参加もできますが、予約優先となるので事前に電話予約をおすすめします。
- 体験の開始時刻 ①10:00 ②11:00 ③13:00 ④14:00 ⑤15:00
- 所要時間 60分
- 料金 1,250円(粘土500g)
岡山城の基本情報とアクセス
| 住所 | 岡山県岡山市北区丸の内2-3-1 |
| 電話番号 | 086-225-2096(岡山城管理事務所) |
| 営業時間 | 9:00~17:30(入館は17:00まで) |
| 定休日 | 年末(12/29~12/31) |
| 入場料(天守閣のみ) | 大人(15歳以上)400円 (320円) 小・中学生 100円 (80円) 未就学児 無料 ※20名以上で団体割引きあり、( )内の金額は割引き後の料金 ※別途、岡山後楽園や林原美術館、夢二郷土美術館との共通入場券あり |
【アクセス】
- JR岡山駅から徒歩約30分
- JR岡山駅からタクシーで約10分
- 岡山駅前から「東山行」の路面電車に乗車(約5分)して「城下」で下車後、徒歩約10分
- 山陽自動車道「岡山IC」から車で約20分
岡山城の駐車場
岡山城の周辺には、有料駐車場がたくさんあるので、その一部を以下に紹介します。
- 烏城公園駐車場(収容台数:普通車39台)・・・一番岡山城に近い駐車場
- 後楽園駐車場(収容台数:普通車570台)
- PEN岡山市北区丸の内2丁目(収容台数:普通車33台)
まとめ

岡山城は、岡山県を代表するお城の一つであり、「烏城」の愛称で親しまれる岡山市のシンボルです。
城内には天守閣だけでなく、江戸時代の遺構として今もその姿が残る「月見櫓」や石垣の造形美など見どころが多いですね。
また、美しいライトアップで知られる「烏城灯源郷」や全国の武将隊が参加するステージ、謎解きゲームなど様々なイベントが開催されています。
それに加え、無料で岡山城を案内してくれるボランティアの案内所が天守閣のすぐ隣にあるので、必要に応じてガイドをお願いしよう。
岡山市へ観光へ訪れる際には、隣接する後楽園とともに岡山城へ足を運んでみてはいかがですか。


