
山陰地方の西部を巡る旅の2日目は、島根県の津和野町から山口県にある山陰の小京都・萩市へ向かいます。
昨日、午後から津和野町入りをしたのですが、まだ見て回りたい観光スポットが残っているので、午前中に津和野観光を行なう予定です。
ちなみに旅の初日となる昨日は、山口県の名勝・長門峡から津和野市へ赴きました。旅の様子については、こちらの記事で確認して下さいね。
さて、本日は昨日と打って変わって、空は雲に覆われていて、テンションが上がりづらいですが、津和野城跡や森鴎外記念館などを見て回っている内に、きっとテンションが上がるだろう。
その後、萩市へ辿り着いたら世界遺産に登録された「萩反射炉」を見たみたい。萩へ向かう道中では、猫寺として日本だけでなく世界中から猫好きが集まる「雲林寺」がある。そこで、どのような出会いがあるのか楽しみですね。
本記事では、津和野町を観光後に山口県萩市を目指す、旅の様子をお届けします。
目次
山陰の小京都・津和野町の観光

昨日、津和野町へ到着してメインストリートの殿町通りや本町通りなどを歩き、城下町・津和野の町並みを堪能しました。
また、津和野町日本遺産センターにて、津和野の歴史と文化に触れた後で、約1,000本の朱塗りの鳥居が連なる太皷谷稲成神社や、鷺舞神事で有名な「弥栄神社」などへお詣りしながら夕方まで過ごした次第です。
本日は、津和野観光の後半戦。昨日行けなかったところに足を運びますよ。ということで、津和野町郷土館へレッツゴー♪
郷土館はどこの町にもあり、その地域の歴史・文化・自然などに関する資料を展示していますね。その土地のことを深く知りたいのであれば、ここは外せないでしょう。

津和野町郷土館は、津和野駅からは約1kmほど離れた津和野川に架かる大橋のたもとに建っている。徒歩ならばそれなりに歩く距離だけど、自転車なのであっという間に到着。
入口の門からしていい雰囲気。この門は、津和野藩主・亀井家一族の草刈家の屋敷門を移設したそうです。

門をくぐり中へ入ると、歴史を感じるお洒落な建築物とご対面。妻入の入母屋造赤瓦葺で木造2階建の建物だ。正面には、切妻造の車寄せがあるシンプルな形状に好感を持てるかな。
館内では、津和野城主の歴史や藩校・養老館に関する資料、乙女峠のキリシタン殉教関係の資料、森鴎外(もり おうがい)や西周(にし あまね)といった津和野ゆかりの著名人などについて紹介しています。館内は撮影禁止だったので、ご紹介できないのが残念ですね。
ちょうど、私が訪れた時間帯には、小学生たちが見学に訪れていました。地元の小学生の社会科見学だろうか。子供の内に郷土の歴史や文化を学ぶのは、有意義だと思う。難しい話とかありますが、ここで何かを感じ取れるだけでも大成功だといえるでしょう。

さて、次に向かったのは「森鴎外記念館」です。この記念館では、津和野が輩出した代表的な偉人の筆頭・森鴎外の生涯を学べます。
森鴎外といえば、日本を代表する文豪の一人。代表作には「舞姫」や「高瀬舟」などがある。また、陸軍軍医として軍医の最高峰である陸軍軍医総監を務めたほどの俊才だ。
文豪と軍医という全くジャンルの異なる道で才能を開花させた稀有な人物であり、津和野が生み出したスーパースターといえます。館内では、鴎外の貴重な遺品や直筆原稿などを展示していました。彼が過ごした60年の生涯をくわしく紹介していたので、実に興味深かったですね。
展示品は撮影禁止なので、ご紹介できませんが、津和野へ訪れる機会があれば、ぜひ立ち寄って見て下さい。
実は、森鴎外記念館は鴎外の生誕地に建てられた施設なんだそうな。北側には、鴎外が幼少期を過ごした旧宅が保存展示されていました。




鴎外の日記や作品から読み取ると、彼は草木に対して関心があったみたい。
自宅(観潮桜)でも様々な草木を育てていたそうです。森鴎外記念館の開館20周年を記念して、旧宅周辺には、観潮桜で愛でていた草花が植栽されています。

森鴎外記念館を後にして、訪ねたのが津和野今昔館です。昨日の津和野の町並みを見て回っている最中にその存在を知り、訪ねたいと思いました。
というのは、津和野今昔館では手回し電話や蓄音機、ミシン、アイロンなど明治から昭和期の生活用具を展示しているそうで、これは面白そうな予感がするぞ。意気揚々とやってきたのですが・・・
残念ながら定休日。こういうパターンは、旅にはつきものです。後から知ったのですが、令和7年5月31日で閉館したそうな(シクシク)。こういうことがあるので、興味がある場所は、行ける時に行った方が絶対に良いですね。


その後、津和野城跡へ向かうため、観光リフト乗り場へ向かいました。
リフト乗り場は、標高約214mの高台に建つ太皷谷稲成神社の近くにあるので、急坂を上る必要があるけど、本日はいままで町中をゆるポタしかしていないので、全然力が有り余っている。
なので、麓から約300mほど続く急坂ですが、呆気ないほど簡単に上り終えた次第です。その後はリフトに乗って、標高362mの霊亀山の頂上へ。そこには、兵どもの夢の跡を思わせる石垣が出迎えてくれました。


津和野城跡は、明治時代に廃城となり、今は建造物が何もありません。しかし、ほぼ完全な形で保存されている石垣や曲輪(くるわ)は見応えがあるぞ。
それに眼下には、津和野の町並みが広がっています。あいにくの天気だったため、霞がかった町並みしか見られませんでしたが、自然と調和した町並みがいい感じでしたね。
津和野城跡や太皷谷稲成神社、津和野の城下町については、下記関連記事でくわしく紹介します。
つわぶき街道を疾走し、山口県萩市を目指す

すでに時間はお昼時ということもあり、津和野を去る前に町の外れにある「道の駅 津和野温泉・なごみの里」で腹ごしらを終えると、よいよ小京都・萩市へ向けてスタートしました。
時計を見ると、すでに13時頃。思った以上に津和野観光に時間を使ったようです。萩市市街までは約50kmの距離なので、平坦路であれば余裕なのですが、山道となると勝手が違ってくる。
まぁ、萩市市街は海沿いに面した場所にあるので、山を登り終えた後は、一気にくだるだけ。そう考えると、登りにかかった時間は下りで帳消しになるだろう。そう考えれば楽に思えるから不思議かな。
えっ、それは甘い見通しですって。これでいいのです。大事なのは、自分のモチベーションをいかに保つかですよ。
ということで、萩津和野線(県道13号)こと「つわぶき街道」を駆け抜けます。走り始めは、少し身構えていたのですが、走り終えると「意外と楽だったな」と思いました。
道中はアップダウンが連続に続き、ところどころに急坂がありましたが、勾配が10%以上の劇坂はなかったぞ。そういう意味では、楽勝とはいいませんが、恐れる必要はないでしょう。

つわぶき街道は、江戸時代に津和野藩が参勤交代で使っていた道です。また、津和野の和紙輸送路として利用された歴史があるという。かつては交通路として多くの人が歩き賑わっていたのだろうな。
たまたまなのか、私が訪れた日は時折走る車の音が聞こえるだけで、それ以外は「静寂」と呼ぶのが相応しい時間が続きました。黙々と自転車で走っていると、面白いことに気が付いたので紹介します。



名賀川にはたくさんの橋が架かっているのですが、その一つ一つにユニークなイラスト付きの案内標識がついている。どうやらイラストは、ご当地と縁があるものばかりのようだ。錦鯉ならば津和野の殿町通りをイメージするし、SLは山口市と津和野市間を運行するSLやまぐち号を連想する。
それに、本当に全部の橋に標識があるのかは分かりませんが、少なくとも私が走ったコースで見かけた橋全てにあったのには驚きましたね。個人的にこういうのは好きなので、テンションが上がります。

こちらの防災公園へ立ち寄ると、SLやまぐち号の写真を掲示している大きなパネルを発見。どうやらこの場所は、SLやまぐち号の撮影スポットみたいです。
なるほど、確かにトンネルから出てくるSLの姿を想像すると、迫力あるいい写真が撮れそうですね。まぁ、本日は平日なので、SLやまぐち号が運行していないのは分かっているので待ちませんよ。

SL以外でも、こちらの石垣が中々のものだ。川岸を保護するために石を積み上げて作ったのは見て分かりますが、規則正しく積み上げられた景観が美しい。
それに色合いもいい感じ。このような景観にまとめた職人さん、グッジョブです。防災公園を後にすると、再びつわぶき街道を道なりに疾走します。



しばらくすると、「道の駅 うり坊の郷」へ得着。この道の駅は、萩と津和野を結ぶ中間地点にあるというので、「もう半分も走ったのか」という気持ちになりました。
ここでは、奥阿武の自然が育む新鮮野菜や山の幸を楽しめるみたい。それに、敷地内ののぼり旗に書かれている名物・山賊むすびが気になるぞ。
ということで、店内へ入り山賊むすびを購入しようとしたのですが、なんと全部売り切りでした。(トホホ・・・)
旅をしていると、これも良くあることなので、気にしてもしょうがない。津和野市街での定休日といい、本日2度目の旅人あるあるです。神様~、3度目はないよう本当に頼みますよ。
少しの間、トイレ休憩を済ますと、再びつわぶき街道を疾走。道なりに約5kmほど走っていると、突然目の前には、色鮮やかな景色が広がってきました。
菜の花畑が広がる「むつみフラワーロード」

色鮮やかな景色の正体は、菜の花畑ですね。この花畑のある場所は、むつみフラワーロードといいます。
ここでは、約4ヘクタールの広大な敷地に約570本の菜の花が咲き乱れているぞ。伏馬山の麓で、むつみの田園風景と共に黄色の絨毯(じゅうたん)が織りなす景色は圧倒的。
これは、写真の撮りがいがあるというものだ。あいにくの天気なので観光客はまばらでしたが、皆さん楽しそう。こういう場所では、愛車と一緒に記念撮影する、これぞサイクリストのたしなみ。考えることは同じのようで、バイクで訪れた人は、バイクと一緒に撮影していましたね。



寒い冬を過ごしている最中に、菜の花を見かけると春の訪れを予感します。また、その明るい色合いから眺めていると、不思議に元気をもらえるだろう。
河川敷や野原一面に咲き誇る姿を見かけると、ウキウキするのは私だけではないだろうな。食用としても人気があり、おひたしや天ぷら、和え物など様々な料理を想像すると、ジュルリとよだれを垂らすかも。(えっ、私は垂らしませんよ?)
特に菜の花と桜、花桃の組み合わせは最高だ。そのような景色をみると、より幸福感に満たされます。

むつみフラワーロードでは、7月下旬から8月上旬にかけて、約33万本のヒマワリを楽しめるという。
菜の花と同じく、一面に広がる色鮮やかな景観は絶対に見応えがあるだろうな。夏に訪れる機会があれば、立ち寄ってみたいですね。
黄色の花といえば、菜の花やヒマワリ以外にもミモザや菊などがありますが、個人的に一番好きなのは菜の花なので、色々な菜の花畑へ訪れる機会がわりと多いです。

菜の花畑を後にして、つわぶき街道を西へ約2kmほど進み、途中から一本北側の脇道へ入ると住宅が軒を並べていました。
徐行しながら道なりに進んでいると、猫好きが集まる猫寺「雲林寺(うんりんじ)」へ辿り着いたのです。
【春の花が楽しめる観光スポットを紹介】
春に訪れたい花園スポットを、下記記事で紹介します。
猫寺で知られる「雲林寺」へ赴く

雲林寺には、猫にまつわる伝説が残っており、日本だけでなく世界中から猫好きが集まる猫寺として有名ですね。
この猫寺の入口となる山門前には石段があり、その周辺からして木彫りの猫地蔵が見守っています。初めて訪れた人は、驚くのではないだろうか。そして、猫寺に対する期待感を抱くだろうな。(私がそうでした。)

石段の上を見上げると山門があり、そこにも何かがいるのが見える。ということで、ワクワクしながら石段を上れば、ユニークな猫像にご対面。
正面から見て右手側には、アマビエならぬネコビエ(勝手に命名)がいるぞ。一方、左手側には猫のデザインをあしらったプラカードが用意されている。
これで記念撮影すると楽しそうですね。また、大きな招き猫や木彫りの猫像もたくさんいるぞ。中央には、お寺でよく見かける小坊主くんがいて、猫に囲まれて嬉しそうに見えました。

視線を上にあげると、そこには山門の天井を覆いつくしている猫絵馬が、これでもか思えるほど奉納されているではないですか。よく見ると、一匹づつお顔の表情が違っています。どうやら自分で顔を描けるみたい。
世界で一つだけの猫絵馬をてがけて奉納できるなんて面白そう。興味がある人は、ぜひチャレンジして下さいね。

山門をくぐり抜け、本堂へ向かうとそこにはズラリと並ぶ猫の像を見て、これまで以上にビックリしました。可愛い猫地蔵を始め、凛々しい猫侍やシュールな仕草の猫ちゃんもいる。一堂に並ぶその姿は壮観の一言。
雲林寺には、全部で約600体以上の猫の像や置物が奉納されているそうです。

境内にいる猫像だけでも凄いのですが、本堂の中へ入ってからが本番だ。猫像だけでなく、デザインが可愛い猫の壁時計を始め、Tシャツやエコバック、缶バッチなど様々な猫のデザインをあしらった猫グッズが所狭しと並んでいます。
猫好きな人はもちろんそうでない人も、「猫が好きだ!!」と訴えかけるオーラに圧倒されるだろうな。実に面白い体験ができました。猫寺とは聞いていましたが、ここまで凄いとは想像の上をいっていましたね。
雲林寺については、下記関連記事でくわしく紹介します。
萩市東部へ向かい萩反射炉を見学

雲林寺をあとにして、再度つわぶき街道を西走。すでに萩市までは残り20kmのところまで来ていたので、夕方までには萩市椿東地区にある萩反射炉へ辿り着けそうです。
ママチャリであれば、残り20kmと聞くと「まだそんなに距離があるのか」と思ってしまうけど、ロードバイクであれば1時間もあれば到着する人が多いだろうな。
そのため、「もう20kmしかないのか」と思ってしまいます。車種によって異なる反応をしてしまうのが面白いですね。
そんなことを考えながら、蔵目喜川沿いにある鍛冶屋交差点へ辿り着くと、右折して萩篠生線(県道11号)を道なりに進む。すると、「道の駅 ハピネスふくえ」へ到着しました。


ここで本日最後の小休止を取ります。この頃になると、空には少し青空が戻り、天気が徐々に回復しているみたい。椿東地区へ到着することには良い天気が期待できそうです。
さて、それでは最後の人頑張りといきましょうか。ということで、椿東地区へ向けてレッツゴー♪

雲林寺から道の駅 ハピネスふくえまでは、アップダウンがありましたが、下り基調の道が長かったです。けれど、まだまだ山の中。海沿いに萩市市街があるので、いっきに下るのだろうなと考えていたら、本当に長い下り道が続きました。
まるでジェットコースターのような感覚で、あっという間に有名な松陰神社の近くまで到着。この神社へは明日ゆっくりと参拝する予定ですよ。そこから、北上すると椿東地区へ入りました。そしてついてに萩反射炉とご対面を果たしたのです。




萩反射炉は、西洋式の大砲鋳造を目指して建設された金属溶解炉です。今残っている遺構は、煙突にあたる部分のようだ。玄武岩とレンガを使用しており、基底は長方形で上部がしだいに狭くなっている。
高さ10.5mもある安山岩積みの遺構の堂々としたその姿は、「我こそ西洋の科学技術へ挑戦し続けた象徴だ」と誇っているように見えました。
このような遺構は、萩以外には韮山(静岡県)と旧集成館(鹿児島県)にしかないそうなので、大変貴重ですね。
本日の旅のハイライトに相応しい建造物を眺めながら、今日1日で体験した出来事に思いを馳せました。
まとめ

本日は、ほぼ一日を通して曇り空でしたが、夕方ぐらいから少し晴れ間が出てきたのが救いだったかな。
午前中は、津和野町郷土館、津和野城跡、森鴎外記念館などを見て回り、津和野の歴史と文化に触れました。そして午後からは、萩市へ向けて「つわぶき街道」を駆け抜けた次第です。
その道中に足を運んだ雲林寺では、境内から本堂の中まで猫像や猫グッズがいっぱい。これは猫好きにはたまらないですね。
さて、明日は小京都・萩市の観光がメインです。幕末の思想家で教育者である吉田松陰を祀る「松陰神社」や、萩藩の教育や人材育成の中枢を担った藩校・明倫館の遺構が残る「萩・明倫学舎」、萩城跡(指月公園)などを見て回ります。
その後は、長門市へ向かうぞ。どのような旅になるのか、乞うご期待。