
2020年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された「矢掛宿(やかげしゅく)」。
かつて山陽道の宿場町として栄え、街道沿いには今も江戸時代から近代に建てられた町並みを楽しめます。
大河ドラマで話題となった「天璋院篤姫(てんしょういん あつひめ)」が、徳川十三代将軍家定に嫁ぐ道中に矢掛宿へ訪れ、矢掛本陣(旧矢掛本陣石井家住宅)へ滞在した史実があり、参勤交代の際には、大名たちをもてなしてきました。
また、レトロな建物をそのまま残しながら営業しているカフェや、江戸時代に飛脚業務を担っていた問屋場が、「矢掛ビジターセンター問屋」として今や観光案内所になっている。それにスタイリッシュなデザインの「道の駅 山陽道やかげ宿」も魅力的です。
本記事では、400年の歴史ある矢掛宿の町並みを歩きながら、その魅力を紹介します。
旧山陽道の宿場町「矢掛宿」とは

矢掛宿のある矢掛町は、岡山県の南西部に位置しており、中心市街地に現在も往時の町並みが残っています。
山陽道(西国街道)の18番目の宿場町として、街道沿いの約800mにわたり、漆喰塗込の重厚な町家が建ち並ぶ景観は見事なものですね。
そもそも宿場町とは、旅人の宿泊や休憩場所だけでなく、物流や交通の拠点としての役割がありました。また、大名や役人の宿泊場所を提供したり、飛脚など通信の機能を果たすなど重要度が極めて高いです。
矢掛宿では、本陣を務めた石井家や脇本陣であった高草家が一般公開されています。
町中にはカフェや食事処が軒を並べ、季節のグルメイベントが開催されたりしているので、何かと話題が絶えません。のんびりと風情ある町並みを眺めながら、町歩きを楽しみましょう。
【周辺の見どころ】
矢掛宿周辺の見どころを、下記記事で紹介します。
まずは「矢掛ビジターセンター問屋」で情報収集

じっくりと矢掛宿の町並みを見物する前に足を運びたいのは、「矢掛ビジターセンター問屋」という観光案内所です。
問屋と書いて「とんや」と呼ぶのではなく、「といや」と呼ぶのが正解ですよ。外観からは、古民家を再生した施設だというのが分かります。
実は、江戸時代には「因幡屋」という屋号であり、宿場から宿場へ公用の貨客を運ぶ馬や、飛脚業務を担っていた場所でした。
館内には、一般財団法人矢掛町観光交流推進機構(通称「やかげDMO」)の事務所があり、町の見どころや飲食店の情報などを気軽に訪ねることができる。なので、矢掛宿を含む矢掛町の観光にとても役立ちます。

また、館内は一般公開されており、和室や日本庭園などを楽しめる。さらに町の歴史が分かる展示なども行っています。
それに、やかげDMOでは矢掛町の観光ガイドの受付をしているので、興味がある人はガイドさんをお願いしてはいかがですか。事前予約が必要なので、希望日の10日前までに予約して下さいね。
ガイドさんのおすすめのお店を紹介したり、隠れ観光スポットなどを案内してくれたりするので、矢掛宿の観光をより楽しめます。
- 住所 岡山県小田郡矢掛町矢掛1989
- 電話番号 0866-83-0001(やかげDMO)
- 営業時間 9:00~17:00
- 定休日 年末年始
江戸から近代に建てられた建物が調和するレトロな町並み

矢掛宿は、当時の歴史を残しながら、美しい町並みが特徴的です。
特に白壁の統一感には、目を見張るものがあるだろう。それに妻入と平入の町家が混在した町並みの趣きには、つい引き寄せられてしまうほどだ。そのため、散策している内に時間を忘れそうになります。
この美しさに一役かっているのが、通りには電柱がほとんど無いことですね。そのため、すっきりとしており、より写真映えがするというものだ。
聞くところによると、本陣通りの約500mの電柱は地中化したそうです。
また、矢掛宿の通り沿いの建物は、「うなぎの寝床」と呼ばれる間口が狭く奥に広い区画割りになっている。そのような土地割りのため、表で見るより建物の奥へ向かうほど、その広さに驚くでしょう。
また、昔から近くを流れる小田川の氾濫に備えて、石でかさ上げされている家をあちこちに見られます。
それでは、ダイジェストで町並みを紹介。





どうですか、このような美しい町並みを歩いていると、テンションが上がります。
建物の中には、「いつ建てられたのか」「どのような歴史があったのか」など説明が記載された案内板が掛けていたりするぞ。町並み見物の際には、しっかりとチェックしよう。
この辺りの旧山陽道は内陸部を通っていますが、時代が進むにつれて海辺の街道や鉄道が敷設されました。すると、この辺りは文明から取り残されていくことに。結果的に当時の建物の多くは、当時のまま保存されたという訳です。

こちらの建物は、明治後期に建てられた渡辺邸。
間口3間の妻入り町家の典型的なスタイルが維持されており、水害対策として基壇を設けているのが見て取れる。
明治30年代には、タバコの製造や販売を手掛けていたそうな。そして、大正期には町の収入役を務めていました。その後、歯科医を開業しており、現在では居住用になっています。
このようなことを知ると、「人に歴史あり」という格言に対して、「家にも歴史あり」と言いたくなるな。

こちらは、大正時代に建てられた川田商店ですね。
虫籠窓を思わせるレンガで縁取りされた二階窓が特徴的。それに、大きく張り出した1階の下屋庇の下側には、一本彫りの店の看板が自己主張をあげている。
明治時代は病院だったそうで、大正時代には山陽商業銀行の事務所となり、今の外観になりました。
中々ユニークに外観に、思わず足を停めて、じっくりと見物してしまうかも。(私がそうでした。)


建物の瓦にも注目しよう。近くを流れる小田川が氾濫したり、水不足になる土地柄だったということで、裕福な家では敷地内に井戸を掘っていたそうな。
先ほど紹介した「因幡屋(矢掛ビジターセンター問屋)」にも井戸がありました。また、矢掛本陣の石井家は酒やしょうゆを作っており、水とは深い縁があります。
そのためなのか、屋根瓦には「亀」や「波」など水に関係する形のものがあるのは面白いですね。

おっ、犬がいるじゃないですか。それなりに人通りが多いのに微動だにしないとは、一体どうして?
近付いて突然吠えられると嫌なので、そっと警戒しながら近づくと、作り物ではないですか。それにしても、リアルすぎるぞ。

矢掛宿は、往時の美しい町並みを保ちながら、それでいて古くさを感じさせないといった印象があります。
2018年に矢掛町が、町全体に宿や食堂などを点在させて、「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン」に認定されました。
アルベルゴ・ディフーゾ・タウンとは、空き家を活用して地域一帯をホテルとみなすイタリア発祥の取組みですよ。


古民家を利用した宿屋を始め、食事処やカフェ、お土産屋、日帰り温泉などが点在しており、観光を十分に満喫できる。
個人的には「侍〇〇〇〇」で始まるお店が印象深かったですね。
それにお店の前には、お花が飾られていたり、軒先には杉玉があったり、レトロな看板が掛かっていたりするので、良いアクセントになっているのが良い感じ。
ただ歩くだけでも楽しい時間を過ごせますが、気になったお店を見つけたら、ぜひ足を運んでみよう。そうすれば、より満足度の高い時間を過ごせるでしょう。
【レトロな町並みの紹介(その1)】
旅先で訪れたレトロな町並みを、下記記事で紹介します。
日本で唯一「本陣」と「脇本陣」が残るのは矢掛宿のみ

矢掛宿には、本陣と脇本陣の両方が残っており、一般公開されています。
本陣とは、大名や旗本、幕府役人、勅使など武士や公家が利用した宿泊・休憩施設のことですね。商業施設だけでなく、富裕者の邸宅が本陣として指定されることもあります。
一般人は、原則として宿泊できなかったというのだから、今でいうVIP専用の高級リゾートホテルのような扱いだったのでしょう。
一方、脇本陣とは、本陣に次ぐ武士や公家の宿泊施設ですが、なんと空いている時には一般人も宿泊できたそうです。
江戸時代の宿泊施設といえば、旅籠屋(はたごや)が挙げられますが、旅籠屋と違って門や玄関、書院を設けてもよい特権があったというのだから、それだけ格が違っていたといえます。

こちらは、本陣(石井家)にある上段の間。大名たちが宿泊や休憩する部屋です。あの有名な篤姫も宿泊されました。書院造りで簡素な美しさが見て取れます。
こちらのお座敷は、1831年(天保2年)11月に改築を始め、1832年(天保3年)3月28日に棟上げ、同5月24日に毛利侯がお泊りしたそうな。
わずか4ヶ月という短期間で、大急ぎで改築した様子が目に浮かびます。

一方、脇本陣となる高草家は、土日曜のみ公開されているので、見学するのであれば日時に気を付けたい。
どちらも国の重要文化財に指定されており、国内で唯一本陣と脇本陣が共に残るのは矢掛宿だけです。
観光拠点に便利な「やかげ町家交流館」

先ほど紹介した「矢掛ビジターセンター問屋」以外にも観光情報コーナーがあるのが、こちらの「やかげ町家交流館」です。
2014年2月に古民家再生事業の一環として、「旧谷山邸」を再生して誕生しました。
演奏会や講演会、朗読会など様々なイベントに利用可能ですよ。日曜の午後には、コンサートがよく開催されているので、旅先のコンサートを楽しむのも記念になるだろうな。
尚、イベントで使用していない時は、くつろぎの場として開放されています。また、観光情報の提供だけでなく、地域のお土産等を販売したり、矢掛町産の野菜を使ったランチやドリンクを楽しめるので、ぜひ足を運んで下さいね。
矢掛宿の通りは「夢街道ルネサンス」に選ばれている

歴史や文化を今に伝える中国地方の街道の中には、「夢街道ルネサンス」に認定されている街道があります。
歴史を振り返れば、街道は単に物資の輪送路だけではなく、人・物・情報が行きかうために重要な役割を果たしました。そして、沿岸に暮らす人々によって歴史や文化を築いているのは、私たちがよく知ることですね。
現在、地域が主体となって、個性ある地域づくりや連携・交流を進めています。
ちなみに、岡山県内では、矢掛宿あたりの旧山陽道以外にも新庄村の新庄宿や津山市の城東むかし町などが通る出雲街道が選ばれている。
古い町並みが好きな人ならば、同じように街道にも興味が湧くのではないでしょうか。
なまこ壁の大きな町家に挟まれた「大高草小路」

脇本陣のすぐ近くには、人一人が通れるほど幅が狭い路地裏があります。それが「大高草小路」ですね。脇本陣の当主・高草家の名前から名付けられました。
路面には石が敷かれており、なまこ壁と焼杉板にはさまれた狭い空間には、圧迫感を感じるぞ。
路地裏好きの人ならば、きっと気に入るはず。せまい路地裏を通りながら、当時の人たちの苦労を体験してみるのも面白いですね。
飲食店や物産販売がない珍しい「道の駅 山陽道やかげ宿」

2021年3月28日にオープンした「道の駅 山陽道やかげ宿」は、施設内に物産販売や飲食店舗を置かないスタイルの珍しい道の駅です。
食事や買い物は、すぐ隣の本陣通りで楽しむコンセプトなんだとか。その代わり、郷土の特産品が棚に並んでいます。
また、徒歩1分以内に観光案内所の「矢掛ビジターセンター問屋」があるのもありがたいですね。


館内を見渡すと、全面的にタイルで装飾されており、モダンアートが見て取れる。とてもお洒落な空間が広がっているので、心地よく休憩できます。
この道の駅は、九州新幹線「つばめ」や豪華観光列車「ななつ星 in 九州」などのデザインを手掛けた水戸岡鋭治さんが監修しました。
2階には、有料のキッズスペースがありますが、利用には予約が必要ですよ。

また、展望スペースからは、矢掛の町並みや小田川の風景を望めます。
それにエレベーターやバリアフリートイレを完備しているで、高齢者や障害のある人にとっても、とても扱いやすいだろう。

個人的に気に入ったのが、こちらのユニークなレンタサイクル。
有料となりますが、よく見るレンタサイクルと違ってペダルを漕ぐのではなく、足踏みで前へ進むタイプです。
スタッフのご厚意により、試乗させて頂きましたが、左右の足を上下に動かして進む新感覚が面白い。ただし、曲がるには若干の慣れが必要だと感じました。
レンタサイクルにて、風を切りながら矢掛宿やその周辺を見て回るのも楽しそう。また、散策用EVスクーターも有料でレンタルできます。
- 住所 岡山県小田郡矢掛町矢掛1988-10
- 電話番号 0866-63-4300
- 営業時間 9:00~17:00
- ※トイレ、交通情報室、休憩コーナーは24時間利用可
- 定休日 不定休
- 駐車場あり 無料(39台)
大名行列を楽しめる「矢掛の宿場町まつり」

毎年11月の第2日曜日には、「矢掛の宿場町まつり」が開催されます。
殿様や姫君、奉行、腰元たちが町をねり歩く約80名ほどの大名行列は、一見の価値あり。町並みの風景と見事にマッチする、美しく豪華なその姿は、当時の江戸時代をより強く彷彿させるだろう。
「した~に~、したに」という掛け声のもと、華やかな彼らの後ろ姿を追いかけてみてはいかがですか。江戸時代と違って、いきなり「切捨御免」なんてならないのでご安心を。(笑)
また、飛脚駅伝大会・ふるさと物産市など様々なイベントも開かれるので、興味がある方は時期を調整して訪れて下さいね。
ちなみに、大名行列の役は公募で選ばれます。
【レトロな町並みの紹介(その2)】
旅先で訪れたレトロな町並みを、下記記事で紹介します。
矢掛宿の基本情報とアクセス
住所 | 岡山県小田郡矢掛町矢掛 |
電話番号 | 0866-82-1016(矢掛町産業観光課) |
【アクセス】
- 井原鉄道・矢掛駅から徒歩約5分
- 山陽自動車道「鴨方IC」から車で約20分
矢掛宿の駐車場
矢掛宿には、3時間無料となる「おもてなし第1駐車場(普通車46台)」と「おもてなし第2駐車場(普通車52台)」があります。
3時間を越えると1時間につき100円がかかりますが、3時間も無料というのは破格ですね。
また、矢掛宿の東端の方にある「道の駅 山陽道やかげ宿」の無料駐車場を利用しましょう。(普通車27台、大型車10台、障害者用1台、EV用1台)
まとめ

矢掛宿の町並みは、江戸時代から近代に建てられた建築物が混在していますが、不思議と一つにまとまっています。
かつて山陽道の宿場町として栄え、その面影を残す本陣や脇本陣を始めとする町並みは、とても風情を感じてしまう。ひとつひとつの建築物をじっくりと見物しながら、日本の伝統と文化に触れて下さいね。
本陣(旧矢掛本陣石井家住宅)や因幡屋(矢掛ビジターセンター問屋)は一般公開されているので、ぜひ足を運んでみよう。また、土日曜だけとなりますが、脇本陣(旧矢掛脇本陣髙草家住宅)も一般公開されています。
時を越えて調和するこの町並みを知れば知るほど、地元の人々がどれだけ大切にしてきたのかを感じてやまないですね。