由緒が全く違う二つの神社が、同じ境内に共存している神社が岡山市にあることをご存じですか。
その神社こそが沖田神社と道通宮ですね。
その昔、沖新田で進めていた干拓事業は苦難の連続でしたが、とある女性が人柱となり無事、事業の達成が成された歴史があり、その女性がご祭神の一人として祀られている神社が沖田神社です。
道通宮には白蛇が祀られていて、とてもユニークな参拝方法がありましたので是非、チャレンジしてみて下さい。
また、境内の凛とした雰囲気がとても素敵なので、散策が楽しいですよ。
本記事では、沖田神社と道通宮の魅力や見どころを紹介します。
沖田神社と道通宮の紹介
沖田神社とは
沖田神社は、江戸時代に新しく開拓された沖新田の産土神として建立されました。
1694年に岡山市南区福島に建立されましたが、何度か移転されます。
今の場所には1709年に移転されたそうです。
ご祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、素戔鳴尊(すさのおのみこと)、軻遇槌命(かぐつちのみこと)、倉稲魂命(うがのみこと)、句句廼智命(くくぬちのみこと)、おきた姫です。
ご利益には金運、商売繁盛、勝負運、家内安全、交通安全、厄除けなどがあります。
道通宮とは
道通宮の謂れをお話すると、1582年(天正10年)6月4日に水攻めを受けていた備中高松の城主であった清水宗治の次男「長九郎」が、兼ねてより信仰していた道通宮に祈願しました。
すると、一匹の白蛇が現れて、白蛇に守り導かれながら、西大島の御滝山(現在の笠岡市西大島)へ逃げることができたのです。
それ以降、道通宮を鎮守として祀ったと言われています。
現在地には、1800年(寛政12年)4月12日に移転されて、沖田神社の御末社に加わりました。
ご祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)です。
道通宮も沖田神社同様に威厳を感じます。
尚、締め縄で前面からは見えませんが、締め縄の後ろ側を見てみると、拝殿には蛇の木彫りがありました。
流石は白蛇様を祀っているだけはありますね。
口からは長い舌が伸びており、全体的に躍動感を感じました。
【神社仏閣の紹介】
旅の道中に私が訪れた神社仏閣について、下記記事で紹介します。
おきた姫と津田永忠
沖田神社のことを紹介するにあたり、おきた姫と津田永忠のお二人は避けて通れません。
今の岡山県南部は、昔から干拓事業が繰り返しされてきた土地です。
江戸時代に入り、1691年(元禄4年)には、岡山藩主であった池田綱政が家臣の津田永忠に対して干拓事業の推進を命じました。
津田永忠はその名を受け、試行錯誤の上、1692年1月11日に開始した事業がトントン拍子に開発が進み、7月14日には完成させる快挙を達成します。
わずか半年で約12kmの長さを誇る堤防を完成させて、1,900ヘクタールの広大な農作地を開拓しました。
この農作地は、その土地の名前から「沖新田」と呼ばれるようになります。
この沖新田は、とんとん拍子に開発が進みましたが、全く問題がなかった訳ではありません。
ここで登場するのが、もう一人の人物「おきた姫」です。
沖田神社の本殿の後ろには、おきた姫を祀った「沖田姫神社」という小さな祠がありますよ。
おきた姫の本名は「きた」と言います。
沖新田の干拓事業では、潮止め工事がもっとも難航していました。
そこで、この女性が人柱となり竜神にその身を捧げたと言う伝説が残っています。
真相は不明ですが、この女性「きた」は実在した人物と言われていますね。
人柱の風習は、日本では明治時代まで行われていました。
その事実に驚きを隠せません。
岡山県の土木建築の歴史には、度々「津田永忠」が登場します。国宝の閑谷学校や日本三大庭園の後楽園などの建築・造園にもこの人が深く関わっていますね。
彼の功績は偉大で、岡山藩の生活・産業の基盤造りに尽力したため、今でもその影響は計り知れないです。
【必見】道通宮のユニークな参拝方法
道通宮には、普通の参拝方法以外にもユニークな参拝方法が存在します。
拝殿の後ろへ向かうと「道通宮お岩場」と書かれた案内板がある事に気が付くでしょう。
矢印が書かれた方向へ目を向けると、人が一人通り抜けれる程度の通路がありました。
拝殿と本殿をつないでいる通路の下をくぐり抜けるようです。
その通路の壁に貼られていたパネルには、「願い事がある人は、自分の歳又は歳の半分の数だけ本殿を時計回りにゆっくりと回って下さい」と書かれていました。
私はそれを読んで「自分の年齢の数か、どうしよう」と少し悩み、通路の先を確認した次第です。
すると、通路の先は木で塞がれていて通り抜けできません。
「この木の脇を乗り越えて行くしかないか」と思い実際に通れるか試してみると、非常に面倒くさかったです。(笑)
確かに通れますが、これを自分の歳の数まで回るのは、ちょっと勘弁ですね。
体が小さな子供ならばスムーズに通れそうです。
再び、通路の壁に貼られていたパネルの前へ向かい、本殿方向へ目を向けると、岩の上には白蛇様がたくさんおられました。
実は道通宮の神様である白蛇様の好物は生卵です。
だからお供え物は生卵を持って来ましょう。
そして、白蛇様の前には、お供え物の生卵を入れる箱が用意されていました。
尚、道通宮の拝殿前には、こちらの生卵が販売されており、一つ50円で買えます。
また、この通路付近には小さな招き猫たちがいて、こちらを伺っていました。(個人的には目が少し怖いかな)
その他には、なんと木でできた蛇もいます。
木の先端を良く見て見ると目が彫られていますね。
道通宮の参拝方法は、自分の歳の数に関係するため、ともてユニークですね。
時間がある人は是非、チャレンジして見て下さい。
【ユニークな願いの叶え方(その1)】
道通宮のようなユニークな参拝方法以外にも神社仏閣によっては、独創的な参拝の作法がありますね。下記記事でそんな神社仏閣を紹介します。
沖田神社と道通宮の見所
沖田神社と道通宮には、様々な見所がありますが、主な見所を以下にまとめました。
- 狛犬
- 境内散策
- 願い石
それぞれについて説明します。
狛犬
沖田神社の鳥居の前で一礼して、端を歩いてくぐり抜けましょう。
鳥居の真ん中は、神様が通る道なので歩かないように。
鳥居の両端には、狛犬が神社をお護りしています。凛々しいですね。
その凛々しさから、何かしらオーラを感じ取れたような気がしたのは勘違いでは無いはずです。
境内散策
境内を散策して見て周りましょう。
これは、手水舎ですね。龍の口から水を噴き出す神社で良く見るタイプです。
手水舎の隣りには津田永忠の銅像があり、その直ぐ近くには、おきた姫と津田永忠の顔出しパネルが設置されています。
沖田神社へ訪れた記念にこのパネルを使って写真撮影はいかがですか。
奥の方には、お稲荷さんがありました。(沖田稲荷神社ですね。)
こちらは胸形神社(むなかたじんじゃ)です。
水を司る宗像神を丑寅の方へ置き、神社全体を守護しているそうですね。
また、弁天様としても親しまれています。
こちらはおみくじです。そういえば、しばらくおみくじを引いていないなぁ(汗)
神馬がいます。カッコいいですね。
このアングルに何故か心惹かれました。(笑)
拝殿の後ろへ周れば本殿も見れます。
拝殿と本殿を真横から見てみると、更に立派な造りなのが良く分かりますね。
境内を色々見て周ると、いろんな発見があって楽しいです。
時間の許す限り、ゆっくりと見て周りましょう。
願い石
境内には、願い石と呼ばれる石が置かれていました。
この石は、大人の男性用や大人の女性、子供用があります。
願い事がある人は、いずれかの石を持ち上げ、軽く感じたら願いが叶います。重く感じたらもう少し神様へお願いして再チャレンジです。
えっ、私が試した結果を知りたいですか。それについては「秘密」ですよ。(笑)
【ユニークな願いの叶え方(その2)】
願い石のようなユニークな願いの叶え方を行なっているスポットを旅の道中で良く見かけますね。そんなユニークな叶え方を行なっているスポットについて下記記事でお伝えします。
沖田神社・道通宮の基本情報とアクセス
住所 | 岡山県岡山市中区沖元411 |
電話番号 | 086-277-0196(沖田神社・道通宮) |
祈祷時間 | 9:00~15:30(予約不要) |
【アクセス】
- JR岡山駅から西大寺行(沖元・津田経由)バスに乗って「沖元」へ下車後、徒歩3分(所用時間は約40分)
- 最寄り駅のJR大多羅駅からタクシーで約9分
- 岡山ブルーライン君津ICから車で約8分
沖田神社・道通宮の駐車場
境内の中にある駐車場では、約30台ほど駐車できます。
また、沖田神社の直ぐ近くにある清内橋西交差点(沖元バス停)横には、大きな駐車場があり、ここでは普通車が100台ほど駐車できますね。
まとめ
沖田神社には、人柱にまつわる話や津田永忠の偉業など全く興味深い話がありました。
いずれにしても津田永忠の偉業は、岡山の生活基盤を築いた事には間違いなく、ひいては日本の発展の礎に少なからず貢献しています。
今を生きる私たちは感謝に堪えません。
また、道通宮の白蛇様への参拝方法はとてもユニークなので、時間が取れる人は是非チャレンジしてみませんか。