大平洋戦争の末期、神風特攻隊が飛び立っていった飛行場が現存していることをご存じですか。
その飛行場こそが、兵庫県加西市に位置する「鶉野飛行場(うずらのひこうじょう)」です。
今では跡地となり、使用されてはいませんが、当時のまま残っているのは、全国でもここだけ。
また、この飛行場周辺には、巨大防空壕跡や対空機銃座跡など数多くの戦争遺跡が残されており、見学できますよ。
特に現代に蘇った、実物大のレプリカ「旧日本海軍戦闘機・紫電改」の勇姿には魂が震えます。
本記事では、加西市にある戦争遺跡と紫電改のレプリカについて紹介します。
鶉野飛行場を含む周辺の戦争遺跡とは
兵庫県加西市では、鶉野飛行場跡周辺の戦争遺跡を整備して、平和学習などの活用を目指しています。
北条鉄道・法華口駅から鶉野飛行場跡地までの道中には、数多くの戦争遺産を見ることができますね。
特に1,200mの滑走路を持つ鶉野飛行場は、その地に立つと、その広大さが良く分かりますよ。
この飛行場は、1943年(昭和18年)に完成した旧日本海軍の飛行場跡です。
当時は太平洋戦争の真っ只中、戦況が悪化し始めており、優秀なパイロットを養成するために使われていました。
飛行場の西南には、川西航空機姫路製作所鶉野工場があり、日本海軍戦闘機「紫電」「紫電改」など約500機余りが組み立てられていたそうです。
戦争末期の1945年(昭和20年)になると、教官と練習生による神風特別攻撃隊「白鷺隊」が編成され、鶉野飛行場が飛び立ち、63名の尊い命が失われました。
時は流れ、1999年(平成11年)には、特攻隊で生き残った人たちや遺族・地元の人たちの協力の下、尊い犠牲の上で築かれた平和が永遠に続くことを願い「平和祈念の碑」が建立されています。
2022年(令和4年)4月には、加西市地域活性化拠点施設「soraかさい」がオープンし、そこでは実物大の「紫電改」を見学できる。
この施設を拠点として、周辺の戦争遺産を見て回れば便利ですね。
見学できる戦争遺産は、以下の通りです。
- 鶉野飛行場滑走路跡
- 巨大防空壕跡
- 対空機銃座跡
- 爆弾庫跡や防空壕跡
- 門柱・衛兵詰所跡
紫電改のレプリカと、それぞれの戦争遺産について紹介します。
「soraかさい」でガイドマップを入手するか、加西市が提供している「加西市歴史遺産散策ナビ」をダウロードすると、散策に便利です。
【周辺の見所】
鶉野飛行場跡の周辺の見所を下記記事で紹介します。
旧日本海軍戦闘機「紫電改」のレプリカは必見
紫電改は、大平洋戦争末期、旧日本海軍の切り札として投入された戦闘機です。
旧日本海軍の戦闘機といえば、「零戦」が有名ですね。
当時、零戦の後継機として海軍が本命視していた「烈風」が開発されていたのですが、遅々として開発が進まず、紫電改が零戦に変わる次期主力制空戦闘機として配備されました。
紫電改のエンジンは、零戦の1,000馬力に対して2倍の2,000馬力もあり、それだけでパワフルな機体であることが伺わせます。
紫電改の「最強伝説」を知っていますか。
それは、1944年(昭和19年)12月に各航空隊のエースパイロットを集めた日本海軍の航空隊「第三四三海軍航空隊(剣部隊)」の話です。
終戦までわずか、半年余りでしたが、敵機約170機を落とす大戦果をあげました。(約80名の戦死・未帰還者を出したそうです。)
特に1945年3月には、松山市上空で米軍機57機を撃墜し、紫電改の評価が一気に高まったそうです。
加西市では、戦争遺跡群のシンボルとして、約1,500万円かけて紫電改のレプリカを製作し、2019年6月から一般公開してきました。
全くの偶然でしたが、私が訪れた日は、たまたま紫電改の屋外公開の日。
青空の下、紫電改がよく映えます。見て下さい。この紫電改の勇姿を。
強力なエンジンと防弾装備、武装は20mm機関砲を4門搭載していますよ。(あくまで本物はですが)
コックピット内部の計器まで、忠実に再現されているとか。(中は見れませんが)
あまりのカッコよさと鶉野飛行場から飛び立った隊員たちの歴史を知り、魂が震えました!!
レプリカの全長は9.37m、翼幅は11.99m。直ぐ近くから見た実物大の大きさは、まさに迫力満点。
レプリカとは別に、操縦席の模型もあり、中へ乗れますよ。
コクピットには、沢山の計器類が見られ、レバー式の操縦桿を握って操作もできます。(紫電改のレプリカとは、連動してないので悪しからず)
実際、揚力とエンジンの力で飛び続ける機体を、レバーを傾けて操ることで、左右に旋回したり、宙返りしたりする訳ですから、車より何十倍も運転が難しいですね。
操縦桿を握りながら、そんな感想を抱きました。
飛行場跡には、格納庫を模した備蓄倉庫があります。この倉庫前で、年に4回程度、紫電改の屋外公開を予定しているとか。日程については、「soraかさい」の公式ホームページでお知らせするそうなので、ご確認下さい。
【旧海軍や海上自衛隊について知る】
紫電改は、旧海軍の戦闘機です。広島県呉市では、旧海軍やその後継となる海上自衛隊について知る資料館などがありますので、下記記事で紹介します。
【戦争遺跡①】鶉野飛行場滑走路跡
鶉野飛行場跡は、先ほども触れましたが、日本全国で当時の滑走路が今も残っている貴重な戦争遺産です。
全長1,200m、幅60mのコンクリート滑走路であり、加西市が管理しています。
2014年までは、防衛省が管理しており、財務省と通じて2016年に加西市へ払い下げるまでは、陸上自衛隊の訓練施設(鶉野訓練場)になっていました。
その当時は、ヘリコプターなどの航空ショーが行われていたそうです。
今の滑走路は、全体の2/5位の位置に道路が走っているため、分断されており、更に周辺には工場や民家などが建てられています。
つまり、事実上、飛行機(固定翼機)の離着陸は不可能でしょう。
【戦争遺跡②】巨大防空壕跡
鶉野飛行場周辺の中では、最大規模のコンクリート製防空壕です。
自力発電所として使用されていたそうで、外部は小山のように見えるようカモフラージュされています。
確かに上空からみれば、防空壕だとは分かりずらいかも知れません。
また、意図的に凸型の形に屈曲して作ることで、もしもの空爆時に備えて爆風が内部へ直撃しないようしているという。
スタッフの案内の元、入口の扉から中へ入り、階段を下りた先には、それなりの広さを持つ部屋がありました。
部屋の広さは、長さ14.5m、幅5m、高さ5mなので、大人数が入るには、少しきゅうくつですね。実は、この防空壕では、シアターの観覧ができます。
シアターでは、神風特別攻撃隊「白鷺隊」に所属した隊員たちが残した遺書を映像で公開するという。尚、シアターを閲覧するには、以下の3つの方法があります。(いずれの方法でも、3歳未満の幼児は無料)
- 事前にデジタルツアーチケットを購入する(700円/人)
- 当日、「soraかさい」で買い物した後に発行されたレシート(1,000円以上/人)を持参する
- 当日のみ有効なシアターツアーチケットを「soraかさい」で購入する(500円/名)
くわしい観覧方法については、「soraかさい」の公式ホームページでご確認下さい。
【戦争遺跡③】対空機銃座跡
鶉野飛行場跡の北側にある田畑の中には、攻撃してくる敵機を迎え撃つための機銃座の跡地が残されています。
かつて飛行場周辺には、5ヶ所の機銃座があったそうです。当時は25mm連装機銃が据え付けられており、1分間に230発の弾を高度5,000mまで発射できたという。
そのように聞くと、凄い性能と思えるのだけど、「高速で飛行する航空機に照準を合わせるのは、至難なのでは?」と思いませんか。
実際は、航空機が飛行する未来位置を想定して発射する訳ですが、そうなると熟練の技術が必要ですね。
尚、跡地に設置された機銃は実物大の模型です。
2005年に上映された映画「男たちの大和」で使用されたそうですよ。
この機銃座跡は、弾薬庫へ通じる地下室も含め、完全な形で残っています。
【戦争遺跡④】爆弾庫跡や防空壕跡
爆弾庫跡には、かつて砲弾や爆弾、戦闘機に装備した機銃弾、燃料が貯蔵されていました。
取り扱いに注意を要するものばかりのため、その造りは強固ですよ。
なんと1トン爆弾に耐えられる構造なんだとか。コンクリート製の壁は70cmもあり、天上の厚みは1mあるそうです。
当時は3つの爆弾庫があったそうですが、現在は1つしか残されていません。
また、鶉野飛行場跡の周辺には、コンクリート製や素掘りの防空壕が点在しています。
地面をくりぬいただけの素掘りの防空壕が現存しているのは、珍しいですよ。
この写真に写っている防空壕跡は、通気性を考慮して「コの字型」に掘られたとか。
尚、法華口駅から姫路海軍航空隊の衛兵詰所までの道中には、敵機の攻撃に備えて、すぐに退避できるように素掘りの防空壕が4ヶ所も作られたそうです。
【戦争遺産が残さている島】
瀬戸内海に浮かぶ「大久野島」は、今でこそウサギ島として知られ、多くの観光客が訪れますが、かつては地図に存在しない秘密の島でした。そこでは、毒ガスの貯蔵庫跡など数々の戦争遺産が残されていますので、下記記事で紹介します。
【戦争遺跡⑤】門柱・衛兵詰所跡
法華口駅から鶉野飛行場跡へ向かう道中には、姫路海軍航空隊の入口があります。
道を挟んで両脇には、衛兵詰所をイメージした建物と門柱が並んでおり、当時の雰囲気を醸し出していました。
門柱には「姫路海軍航空隊」の看板が取り付けられており、ここから先へ進むのは、身が引き締まる思いがしますね。
かつては、訪問者との面会所があったそうですが、今は当時のイメージを残したまま休憩所が整備されていますよ。
尚、鶉野飛行場跡へ向かう歩道を整備中に見つかった門柱の基礎が展示されています。
「soraかさい」は、戦争遺産を見て回る拠点に便利
加西市地域活性化拠点施設「soraかさい」では、鶉野飛行場や川西航空機姫路製作所の歴史を紹介しています。
また、鶉野飛行場から出撃した神風特別攻撃隊「白鷺隊」などについて映像や資料で解説し、戦争の悲劇と平和の尊さを伝えていますね。
特に見応えがあるのは、実物大模型の「紫電改」「九七式艦上攻撃機」ですよ。
特産品の販売所やカフェも併設しており、ここでしか買えないオリジナルグッズもあります。
soraかさいは、鶉野飛行場の跡地にあるため、戦争遺跡の見学を行うにあたり、拠点として非常に便利。
尚、soraかさいから法華口駅までの約3km(徒歩約40分)の道中には、戦争遺跡が点在していますね。
そのため、soraかさい又は法華口駅でレンタサイクルを借りて、見て回るのが良いでしょう。
また、「法華口駅 ⇔ soraかさい」間で無料のシャトルバスも運行しています。
soraかさい
- 住所 兵庫県加西市鶉野町2274-11
- 電話番号 0790-49-8100
- 営業時間 9:00~18:00(カフェ:10:00~17:00)
- 休館日
- 毎月第2・4月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日)
- 年末年始(12/29~1/3)
- 入館料 無料
- 無料駐車場あり
- 第1駐車場と第2駐車場合わせて普通車250台
- 大型バス8台
合わせて立ち寄りたい「鶉野飛行場資料館」
鶉野飛行場資料館は、鶉野飛行場の史実を広く啓発する目的で、2014年10月にオープンしました。
この資料館では、鶉野飛行場の解説や特攻隊員の遺書、紫電改や九七式艦上攻撃機などの精密な飛行機模型などが展示さています。
特に全長約2.6mもある1/100サイズの戦艦大和の模型が展示されており、見応え抜群ですよ。
聞くところによると、姫路市在中の方が、約30年の年月をかけて作られたそうです。
主砲塔や機銃座、乗組員の姿まで精密に再現していますね。
尚、館内は撮影禁止なので、気を付けましょう。
鶉野飛行場資料館
- 住所 兵庫県加西市鶉野町2193
- 電話番号 0790-21-9025
- 営業時間 日曜日 10:00~15:00(最終受付 14:30)
- 休館日 日曜日以外
- 入館料 大人300円、中学生以下100円
【資料館・博物館の紹介】
鶉野飛行場資料館のような資料館・博物館では、多くの気付きがありますね。下記記事では、そんな博物館を紹介します。
鶉野飛行場跡の基本情報とアクセス
住所 | 兵庫県加西市鶉野町 |
電話番号 | 0790-42-8715(加西市観光協会) |
【アクセス】
- 北条鉄道「法華口駅」より徒歩約40分
まとめ
鶉野飛行場跡などの戦争遺産を見学していると、色々考えさせられることがありますね。
特別攻撃隊に参加した隊員たちの起死回生にかける思いや、こころの葛藤などに触れたような気がします。
祖国に住む大事な人たちを守るため、多くの若者が覚悟を決めて、鶉野飛行場から飛び立ちました。
戦争は何も産みはしません。戦争遺産に触れることで、平和の大切さを今まで以上に意識させられます。