旅の体験談

瀬戸内海の海道の一つ、夏の「かきしま海道」をサイクリング(呉)

夏の青空に、太陽の熱波が降り注ぐ、海道を巡る物語の第二幕。

私は広島県呉市に来ています。

今回の旅のテーマは『かきしま海道のサイクリング』です。

前日は、広島県竹原市から呉市まで、さざなみ海道をサイクリングしました。

この「かきしま海道」は、ほぼフラットな平坦路であり、綺麗な海上には至るどころで牡蠣筏を目撃した事が印象深く記憶に残っています。

呉市の南に位置する倉橋島、能美島、江田島市を渡り、再び呉市へ戻る走りごたえのあるルートであり、サイクリストにとって格別な時間へ導いてくれるでしょう。

本記事では、かきしま海道の旅についてお話します。

本記事は、以下に該当する人向けです。

  • かきしま海道について興味がある
  • かきしま海道の雰囲気を知りたい

倉橋島、能美島、江田島市を結ぶ、かきしま海道を巡る旅

いざ、音戸大橋へ

昨夜宿泊した「呉ステーションホテル」から旅をスタートします。

まずは、かきしま海道の第1の島「倉橋島」へ渡るため南下を開始しました。

呉市の市街地を駆け抜けます。

倉橋島は、本州とは音戸大橋で繋がっている周囲約65kmの島です。

かきしま海道では、倉橋島の一部を走るだけですが、周りの海岸線は、ドライブやサイクリングを楽しむ事ができます。

倉橋島へ渡るために音戸大橋へ向かいましょう。

実は倉橋島へ渡る方法には、音戸大橋を渡る以外にも渡し船を利用する方法があり、どちらを選択するか悩ましいですね。

私の選択は、「音戸大橋も渡る、渡し船も利用する」です。

何を言っているか意味不明かも知れませんが、以下の手順で倉橋島へ2度渡る事にしました。

  1. まずは、渡し船で倉橋島へ渡る。
  2. 次に倉橋島から音戸大橋を渡って音戸の瀬戸公園へ向かう。
  3. 音戸の瀬戸公園から再び音戸大橋を渡って倉橋島へ向かう。

折角、渡し船なんて面白そうな船があるのに体験しないのは非常に勿体ない。

仕方がありません。(笑)

海を隔てた向こう側には、立派なループ橋「音戸大橋」が見えてきました。

音戸大橋は、1961年(昭和36年)12月3日に開通した、日本初のアーチ型ループ式高架橋です。

1,000t級の船舶が通過できるよう工夫が見て取れます。

倉橋島側には螺旋式、本土側には二重ループ式の取り付けを行なっている道路であり、ループ橋だけでも目立つのに、ループ橋に至るまでの赤い鉄橋が目を引きますね。

計画通りにまずは、渡し船の乗り場へ向かいました。

音戸渡船は、江戸時代に始まったと言われ、本州と倉橋島にある音戸町の間の海路であり、日本一短い120mの航路を約3分かけて渡ります。

特筆すべきなのは、この渡し船には時刻表が存在しないのです。

何と桟橋に出て渡し船に乗ると一人でも運行してくれます。

尚、渡し船が向こう岸へいる場合は、桟橋に出ていれば迎えに来てくれるそうです。

これは是非体験してみたいですね。

早速、渡し船へ向かったところ、建屋から店員が出てきて「船は修理中だから今日は出航できないよ」と話しかけてきました。

「え・・・・わかりました。」と少し遅れて返答した後で、踵を返すしかありません。

何とタイミングが悪いのでしょうか、呆然としていても仕方がないので諦めてまたの機会にリベンジです。

「よし、音戸大橋へ向かおう」声を出して気分を一新した後で、音戸大橋を上り始めました。

眼下には、綺麗な海の上に赤い第二音戸大橋が良く映えます。

キビキビと坂道を駆け上がっていくと、音戸の瀬戸公園へ到着しました。

短い距離でしたが、それなりの斜度があった坂道を上りきった充実感と公園から眺める良い景色に満足感を覚えますね。

音戸の瀬戸公園は、平清盛が夕日を招き返して1日で切り開いたという伝説が残っている景勝地です。

春には約2,300本の桜や約8,300本の紅白のツツジが咲き誇り、音戸大橋の外観と相まって見ごたえのある景観を醸し出します。

音戸大橋を渡っている最中に眼下を見下ろすと、呉市警固屋の街並みが広がっていました。

ループ橋を降下します。赤い鉄橋が良い雰囲気を出していますね。

音戸大橋を下りきると、そこは倉橋島です。

遂に本州を離れ、かきしま海道の次のステージへ到着しました。

【橋あれこれ】

旅を続けていると音戸大橋のような珍しい橋や美麗な橋などを渡ったりしますので、下記記事で紹介します。

倉橋島の早瀬大橋

さて、倉橋島を進み能美島を目指しましょう。

倉橋島の東海岸を海の景色を眺めらながら爆走します。

道はフラットであり、車の交通量もそれほど多くは有りません。

綺麗な海を見ているとテンションが上がってきますね。

このようなシチュエーションに遭遇すると、多くのサイクリストは、自転車の速度を上げずにいられないですね。

海風を感じなら速度を上げて進んでいると、牡蠣筏が見えてきました。

牡蠣の数が半端ないです。

かきしま海道では、至るどころで牡蠣筏を目撃します。

広島県は牡蠣の生産量日本一を誇り、特に呉市は、市町村別に牡蠣の生産量が日本一になる程牡蠣に精通している土地柄です。

牡蠣好きの人にはたまらない楽園が、呉市には点在しています。

かなり暑くなってきたので、少し自転車の速度を落としペースダウン。

それにしても本日は暑い。時間が経つに従い更に暑くなる事が予想できます。

水分補給と適度な休憩、ペース配分を間違えなければ熱中症にはかからないでしょう。

いつも思う事ですが、島旅はゆっくりと時間が流れていきます。

今回の旅は、ほとんど興味深いスポットへ立ち寄らず、ただ「かきしま海道」を走るのがメインです。

そのため、時間はたっぷりとあります。

先を急ぐ必要もなく、足を止めて海をボーと眺めるのも良いし、涼しい場所で心ゆくまで涼んでいても良い訳です。

普段の自転車旅でも、基本的に道中気ままに過していますが、今回のように時間を気にしなくて良いのは精神上すこぶる良いですね。

特に島旅では、ゆっくりと流れる時間の中で、時間に縛られることなく、絶景を眺めながら旅を堪能できるのは何にも勝るご褒美です。

目の前には、早瀬大橋が見えてきました。

この早瀬大橋を渡り、能美島へ向かいましょう。

1973年に開通した早瀬大橋によって能美島と倉橋島はつながりましたが、この早瀬大橋には面白いエピソードがあります。

1961年に呉市本土と倉橋島が音戸大橋で結ばれると、江田島の島民に大きな刺激を与える事により、能美島と倉橋島を結ぶ橋に対する機運が高まったそうです。

1963年になると全国的にも珍しい「10円募金運動」にまで発展して、当時集まった金額は300万円になったと言われています。

一人10円を募金したと考えて、30万人が募金した計算になりますね。

もの凄い熱意をヒシヒシと感じるエピソードです。

こうした地元島民の熱意に支えられ、広島県は国庫補助による架橋を決定し、1967年に事業を開始した経緯があります。

地元住民の熱意で誕生した早瀬大橋を渡ります。

この橋ができた経緯を知っていると感慨深い物を感じられずにいられません。

なんとこの早瀬大橋は、 1973年に全建賞道路部門を受賞した名誉ある橋でもあるのです。

まさしく橋に歴史ありですね。

橋の上から眼下を見下ろすと、絶景が広がっていました。

海の底が見えるほどの綺麗な瀬戸内海に言葉がありません。

早瀬大橋を渡ると、そこはもう能美島です。

能美島の出来事

能美島へ入りしばらく道なりに進んでいると、面白い自動販売機を発見しました。

なんと世にも珍しい「出汁」の自動販売機が目の前にあるのです。

最初この自動販売機を見た時、「えっ、出汁の自動販売機?今まで聞いた事ないな」と思わずつぶやくほど驚きました。

後で調べてみると、「だし道楽」と言う名前のだし醤油だと分かり、この業界では有名らしく、味は折り紙付きだと言われています。

どうやら広島県江田島市に本社を置く「有限会社二反田醤油」より販売されているようです。

ペットボトルの中に焼いたトビウオがそのまま入っているそうで、少し興味がありますね。

販売経路は主に自動販売機であり、2017年には全国で40カ所に設置されました。

設置個所が40台と少ないならば、普段見かけないのも不思議ではないですね。

能美島は、かきしま海道の中でも一番長いルートを走ります。

牡蠣筏の向こう側には、巨大なガスタンクが建ち並び、ある意味壮観です。

たまに、路上にはビン割れの残骸が落ちていて全く危ないですね。

本日何度目かの牡蠣筏を目撃します。さすが「かきしま海道」と言ったところでしょうか、牡蠣筏が本当に多いです。

先ほど遠くに見えていたガスタンク群へ近づいてきました。

ガスタンク群を通過すると、トンネルに遭遇。

トンネルを抜けると再び海の景色へ戻りました。

しばらく道なりに進んでいると、特に景観の良い浜辺を発見します。

美しい。

美しい。

まるで壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返す私でした。(笑)

夏の日差しが厳しく、気温も最高潮に達しています。(体感的に32~33℃くらいはありました。)

休憩できる所を探し回ってみても、道中見つけた喫茶店や食事何処はどこも定休日で、全くタイミングが悪いですね。

そうこうしている内に発見したのが、こちら「みたかゲートハウス」です。

みたかゲートハウスは、多目的スペースや待合室、軽食物販、休憩スペース、屋上には展望デッキを備えており、三高港の旅客ターミナルと三高地区の交流プラザが一緒になっています。

自転車を駐輪した後で、他のことには目をくれず、この建物の1階にあった休憩スペースへ直行。

エアコンがほど良く効いた空間で一息を付つき、水分補給を取りながら、40~50分ほど休憩していました。

やはりエアコンは、人類が生みだした現代科学の至高品です。

この時には、気が付かなかったのですが、後日、軽食が食べられることを知り悔しい思いをしました。(泣)

軍艦利根資料館の見学

体力を回復させた後で、旅の再開です。

本日の立ち寄りスポット「軍艦利根資料館」へ向かいましょう。

この軍艦利根資料館では、大日本帝国海軍が所有していた重巡洋艦「利根」に関する資料を展示しています。

特に部屋の中央に展示されていた重巡洋艦「利根」の模型は見ごたえがありますね。

尚、館内の写真撮影及び撮影した写真のブログ公開については、江田島市観光協会へ連絡を入れて条件付きで了解を頂きました。

軍艦利根資料館

住所 江田島市能美町中町1265

電話番号 0823-42-4871(江田島ふるさと交流館)

営業時間 8:00~18:00

休館日 無休(年末年始除く)

【軍艦あれこれ】

軍艦利根のように、昔実際に存在していた軍艦の資料館や今存在している軍艦などを旅の道中に目撃しましたので、下記記事で紹介します。

この利根資料館の周辺には、利根公園があり、そこには軍艦利根の戦没者の慰霊碑が建てられています。

また、利根公園の他にも散歩するのが似合う浜辺がありました。

特に干潮時のみに現れる船霊社へつづく道。人呼んで「ネイビーロード(群青の道)」は見ておきましょう。

ネイビロードは、海が群青に染まる時に渡り、船霊社にお願いをかけると成就への道が繋がると言われています。

江田島を巡る

能美島と江田島は地続きで繋がっています。

海岸線をしばらくの間、道なりに進んでいると江田島町へ入りました。

江田島は、旧海軍兵学校などの歴史的に価値がある建築物があり、マリンスポーツやサイクリングを通じて自然に触れ合う事ができます。

また、2011年頃からオリーブの栽培に力を入れており、2019年には、江田島産のオリーブオイルが世界一の快挙を成し遂げました。

オリーブと言えば、香川県の小豆島を思い浮かべる人も多いでしょう。

江田島にある海上自衛隊の施設です。

この施設では、第1術科学校(旧海軍兵学校跡地)の見学ができるスポットですが、指定された見学可能な日時に対して、事前に予約を取る必要があります。

私も予約を取りたかったのですが、旅のスケジュールに組み込むことが困難なため諦めました。

基本的には「行きたいところへ行く」のが自転車旅の良いところです。

今回諦めてしまったけど、再度江田島へ来た時に備えて、あえて訪れるスポットを残しておくと言う考え方も成立する訳ですね。

江田島町の街中を駆け抜けます。

すると、既にお馴染みになった牡蠣筏を目撃しました。本当に牡蠣筏が多いですね。

今まで走ってきた海岸線とは異なり、海の反対側には、間近で見れる山の絶壁が現れます。

自転車を止めて、しばらくの間、絶壁を見続けていました。

また、周辺にはかきしま海道について情報発信をしている案内板を見かけます。こういうのは地味にうれしいですね。

海岸線を駆け抜けていると、遂に江田島と別れる時がやってきました。切串港に到着です。

私が切串港へ到着した時には、すでにフェリーが到着していました。

船員にフェリーへ乗車するか尋ねられましたが、急ぐ旅でもないので次のフェリー便に乗る事に決め、待合室でしばらく休憩して過ごします。

呉市への帰還

切串港からフェリーにのって呉市へ向かっていると、特徴的な外観をした建物が見えてきました。

この建物は、呉市の市民公園である「呉ポートピアパーク」に建てられています。

天応港へ到着した後で上陸を果たすと、周辺にはヤシの木が立ち並んでいるため、まるで南国を思わせますね。

また、鯉のぼりも嬉しいそうに空を泳いでいました。

本日最後にやるべき事は、無事にゴールするだけです。

本日のお宿も昨日と同じく「呉ステーションホテル」ですね。

旅の疲れを取るため、ホテルでゆっくりとくつろぎ、就寝に付きました。

旅の軌跡

スタート広島県呉市 呉ステーションホテル
ゴール広島県呉市 呉ステーションホテル
距離94km
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