旅の体験談

ツチノコの正体を暴け、捕獲して賞金をゲット、岡山の発見現場の今

ツチノコの手配書

あなたは「UMA(未確認動物)とは、どんな動物なのか知ってる?」と聞かれたら、何を想像しますか。

まず最初に「ツチノコ」を思い浮かべる人も多いでしょう。

それほど、私たち日本人には、なじみ深いUMAであり、昔から多くの人たちがその正体を探っています。

2000年5月に岡山県の吉井町(今は赤磐市)でツチノコが発見されたニュースは、日本全国を騒がしたことを覚えている人もいるでしょう。

今でも赤磐市では、ツチノコの捕獲に賞金を出していました。

本記事では、ツチノコとはいったい何者なのか正体について考察し、かつてツチノコが発見された現場の今についてお伝えします。

本記事は、以下に該当する人向けです。

  • ツチノコが発見された現場の今を知りたい
  • ツチノコが実在するのか興味がある
  • UMA(未確認動物)にロマンを感じる

ヘビに似たUMA(未確認動物)、ツチノコの特徴とは

ツチノコについて知っている人は多いと思いますが、今一度ツチノコの特徴をまとめてみました。

ツチノコの特徴

  • 蛇に似ているが、胴の中央部分がビール瓶のように膨らんでいて足はない
  • 蛇のような皮膚をもち、縞柄である
  • 6~70cm程度の大きさ
  • かなりのジャンプ力がある(2mぐらいとの説あり)
  • 非常に素早い
  • 蛇行しないで真っ直ぐ前後に動く
  • 尾を咥えて転がるといった方法で移動する
  • 垂直に立つ
  • 春から秋(4月~11月)にかけて出没する

これらの特徴以外にも「いびきをかく」「まばたきする」「日本酒が好き」などとも言われていますが、さすがに尾ひれがつきすぎかも。

1970代の日本では、オカルトブームが起こり、その一環でツチノコの伝説が話題になりました。

各地で目撃情報が相次ぎ、ツチノコに懸賞金がかけられ、ツチノコを探しに行くのが定番のネタとして扱われていた時代です。

実際に捕獲したと言う話があっても「祟られるのが怖いので逃がした」「いつの間にか死体が消えていた」などの理由で、その存在を証明できないまま今に至ります。

ツチノコ
手配書に描かれていたツチノコ

このツチノコブームですが、一番最初に言い出した人を知っていますか。

調べてみたところ、1972年に田辺聖子さんの小説「すべってころんで」にツチノコが登場したことで、全国にその名前が広まったようです。

そして、1973年には「釣りキチ三平」で知られている漫画家の矢口高雄さんが、週刊少年マガジンにて「幻の怪蛇バチヘビ」を発表。

これがきっかけになり、ブームに火がつくことに。

その後、国民的アニメでお馴染みのドラエモンやちびまる子ちゃんなど様々なアニメ、漫画にも登場するにいたり、子供から大人まで誰しもがツチノコの存在を知ることになりました。

ツチノコの正体はオオアオジタトカゲ?

ツチノコの正体は「オオアオジタトカゲではないか」と言った定説があります。

オオアオジタトカゲの特徴は、ツチノコの特徴と同じく「胴に膨らみがある」「皮膚は縞柄」「体長70cmほど」と一致しているのです。

更にオオアオジタトカゲには、足はありますが非常に小さく、草むらなどで発見されれば足がないように見えるでしょう。

草むら

このオオアオジタトカゲですが、もともとはインドネシアやオーストラリア、パプアニューギニアに生息していました。

1970代になると、日本に輸入され、安価で飼育もしやすいことからペットとして人気を博します。

残念なことですが、飼育放棄などで逃げ出したオオアオジタトカゲが野生化した物が、ツチノコと誤認されたのかも知れません。

ちょうどツチノコブームの時期と一致しているため、あながち間違いとも言えないでしょう。

そのため「ツチノコ=オオアオジタトカゲ」と言った定説が定着した次第です。

しかし、この定説には納得できない部分もあります。

ツチノコは、オオアオジタトカゲが輸入されるはるか前から目撃されているのです。

江戸時代の文献には、ツチノコの生態に関する説明や挿絵まであったりします。

更に古くは「縄文時代からツチノコは存在していたのではないか」と言われているのです。

これは、発掘された縄文土器の縁飾りにツチノコとおぼしき姿がみられていることが根拠になっています。

昔から多くの目撃情報や文献があるのに、現代まで謎に包まれているツチノコ。

いつの日か、その全貌が明らかになる日がくるのでしょうか。

【生き物あれこれ】

もしツチノコが大量に見つかれば、いずれ捕獲され、動物園などで見られる日がくるのかも知れません。下記記事では、様々な生き物が見学できる動物園や水族館を紹介します。

岡山県赤磐市で発見されたツチノコの現場の今

ツチノコ捕獲時の賞金はいくら、年々賞金は上がっている

2000年にツチノコが発見された岡山県の吉井町(今は赤磐市)では、当時から懸賞金がかけられ、多くの人が吉井町へ訪れツチノコの捕獲にのりだしたのです。

その当時の懸賞金は2000万円。

その後、懸賞金は毎年1万円づつ加算され、2022年になると2022万円になりました。

こちらは、ツチノコの発見現場近くにある薬師堂の入口前です。

ツチノコの手配書の立札

今でも薬師堂入口前には、ツチノコの手配書が掲示されています。

ツチノコの手配書
ツチノコの手配書

一時期この手配書も古くなり、ボロボロになっていたことがありました。

そのため「赤磐市はツチノコ捕獲に熱意を失ったのかも」と思っていたのですが、2022年に訪れてみると真新しい物になっており一安心。(嬉)

いつまでもロマンを追い続けてみたいですね。

岡山県赤磐市の公式ホームページにツチノコ情報が掲載されています。

ツチノコの発見現場「薬師堂」周辺へ赴く

ツチノコの発見現場がある岡山県赤磐市黒沢は、鉄道が通っていないため、車やバイク、自転車がなければ向かうのは難しいです。

岡山市方面(又は津山市方面)から国道374号を自転車で走り、滝山川に架かる中村橋に辿り着くと、こちらの案内板を発見。

ツチノコ発見現場の案内板

中村橋の交差点から3.2kmほど進めばツチノコの発見現場へ到着することが分かりました。

案内板が指し示す方向へ走っていると、のどかな田舎の風景が続きます。

のどかな田舎道
のどかな田舎の風景

確かにこんな場所ならば「ツチノコがいてもおかしくないかも」と思えるでしょう。

そんな風景を楽しみながら、ツチノコ発見現場付近にある薬師堂を目指して走っていると、再びツチノコ発見現場の案内板がありました。

ツチノコ発見現場の案内板

この案内板から200mほど進めば、薬師堂に辿り着きますね。

この案内板が立てられていた直ぐ近くにある橋を渡り、真っ直ぐ進みましょう。

ツチノコ発見現場へ向かう道

すると、集落へ差し掛かりますが、そのまま真っ直ぐ進み過ぎるとツチノコ発見現場を通り過ぎてしまいますので注意が必要です。

薬師堂の入口前の道には、ツチノコの手配書が貼られた立札が立てられていました。

車で訪れた場合は、近くに駐車場がないため、通行の邪魔にならないところに車を止めて、歩いて薬師堂へ向かいましょう。

尚、入口前には、道を挟んでほぼ反対側に株式会社山陽アルミの大きな建屋がありますので、ナビゲーションの位置に使えますね。

ツチノコ発見現場の近く

立札があった先の道には、薬師堂が見えています。

薬師堂

自転車やバイクならば薬師堂前まで行けて、駐車しても通行の邪魔になりません。

【片鉄ロマン街道走ろう

ツチノコの発見現場へは、JR和気駅から自転車で、途中まで片鉄ロマン街道と言うサイクリンロードを走って向かえますね。下記記事では、片鉄ロマン街道について紹介します。

ツチノコの墓に安全祈願をしてツチノコ探し

薬師堂には、ツチノコの発見現場の詳細地図が設置されていました。

薬師堂
薬師堂
ツチノコ発見現場の詳細地図

実際にツチノコ探しを始める前に、ツチノコの墓に安全祈願をしなければならないようです。

ツチノコの墓
ツチノコの墓

そのことについては、お墓前にあった掲示板に「必ず安全祈願をして出陣して下さい」と明記されており、不安を煽っています。

ツチノコ探しに何が危険を伴うのかは不明ですが、ツチノコ自体が未知の生物。

何があってもおかしくはありません。

ここは言われた通りに、参拝しておきましょう。

また、環境保全のため募金箱が設置されていましたので募金しました。(1人100円)

そして、よいよツチノコの発見現場へ向かった次第です。

かつてツチノコが発見された現場の風景

ツチノコの墓の手間にある道を奥の方へ歩いて行きます。

ツチノコの墓の周辺
田んぼの畦道

途中で左折すると、再びツチノコ発見現場と書かれた看板を見つけました。

ツチノコ発見現場
ツチノコ発見現場

どうやらこの辺りが、かつてツチノコを目撃した場所なのでしょう。

畦道を歩きながら、田んぼの表面をじっくり観察したり、慎重に草むらの中を覗いたりしていました。

しばらくの間そんな行為を続けていましたが、特段おかしな物は見つかりません。

かつてこの場所で、草刈りをしていた農家が草むらにかくれる蛇に似た生物を目撃。

突然の出来事に驚き、草刈り機の一撃によりこの謎の生物は水路へ逃げ込んだそうです。

その後、近くの主婦がこの生物の死骸(しがい)を見つけ丁重に葬ったという。

この話を聞いた当時の旧吉井町役場課長が「ツチノコに違いない」と思い、死骸を掘り出して、川崎医療福祉大学に鑑定をお願いしたそうです。

この出来事がニュースとなり、吉井地域が全国に知れ渡るようになりました。

一か月後に川崎医療福祉大学から鑑定結果が発表され「ヤマカガシであろうけれども、確かに普通の蛇とは違う、つちのことあすなろを合わせて”ツチナロ”と名づけたい」とのこと。

確かに見た目だけならば、ヒキガエルか何かを飲み込んだヤマカガシならばツチノコと誤認しても不思議ではありません。

その後、地元や町はツチノコの生息について確信を強め、つちのこ研究会が発足し、今に至ります。

薬師堂の手前側でも探してみましたが、ツチノコはおろか目ぼしい発見は特に何もありませんでした。

ツチノコが発見された現場

のどかな田舎によく見かける田んぼの景色は平和そのもの。

田んぼの景色

このような場所に、ツチノコのような未知の生物が、突然目の前に現れたら驚きますね。

尚、ニュースになる以前より吉井地域では、ツチノコらしき生物の目撃情報があったそうです。

あれから22年経過した今では、当時の熱狂ぶりはすっかり鳴りを潜め、穏やかな田舎の日常の景色が見て取れます。

再びツチノコを見かける日がくるのか、それは神のみぞ知るです。

様々な文献に残るツチノコの存在

日本最古の歴史書である「古事記」や「日本書紀」にツチノコと思われる文献が残っています。

そんな古くからツチノコについて記述された文献が残っていることに驚きますね。

ツチノコの呼び名は、約40種類以上もあると言われており、その中の一つに「ノヅチ」があります。

古事記と日本書紀には、ノヅチと言う名前がカヤノヒメ神の別名として記述されており、この記述こそが初めて文献に登場するツチノコとなる訳です。

このノヅチを漢字で書けば「野槌」と表記しますが、この表記が使われている文献が鎌倉時代に刊行された「沙石集」ですね。

江戸時代に入ると、更にツチノコの詳細が描かれるようになりました。

江戸時代の百科事典である「和漢三才図会」では、野槌蛇の記述があります。

この野槌蛇がツチノコのことだと言われていますね。

和漢三才図会では、野槌蛇の生態や姿が明記され、大きい物では体長90cm、直径15cmほどもあり、人を見つけると坂を転がり降りて足に噛みつくと説明していました。

和漢三才図会で描かれた野槌蛇は、ミミズが大きくなった物に見えるため、「本当にツチノコ?」と疑問に思わずにいられません。

恐らく江戸時代でもツチノコの存在について、いることは分かっていたが、良く分からない正体不明な生物だったのでしょう。

1800年代には、井出道貞により「信濃奇勝録」が刊行され、その文献の野槌は、現代のツチノコのイメージそのままの姿が描かれています。

実際にツチノコはいるのか?

ツチノコの姿は縄文土器に残っていたり、古事記・日本書記などの古い文献にも残っています。

これらのことから、ツチノコはかつては存在したことは、ほぼ確実でしょう。

しかし、現代はその姿を見た物は誰もなく、UMA(未確認動物)として認識されています。

すると考えられるのが、知らない間に絶滅したのではないでしょうか。

つまり、ツチノコは存在していたが、生存環境の変化に伴い絶滅してしまった可能性がありますね。

かつてシーラカンスも絶滅したと言われていましたが、その後の発見で生き残っていることが確認されています。

いつかツチノコも我々の目の前に、その姿をひょっこりと表す日が来るのかも知れません。

薬師堂の基本情報とアクセス

住所岡山県赤磐市黒沢
岡山県赤磐市黒沢954(株式会社山陽アルミ)
電話番号086-954-1183(赤磐市役所吉井支所 市民生活課)

【アクセス】

  • JR和気駅からタクシーで約30分
  • JR津山駅からタクシーで約35分

薬師堂の駐車場

薬師堂の周辺には、駐車場がありません。

車を止める場合は、通行の邪魔にならないところへ止めましょう。

尚、バイクや自転車ならば薬師堂前に止めれます。

まとめ

ツチノコは昔から知られている生き物であり、現代ではUMA(未確認動物)に認定されている珍しい生き物です。

UMAに認定はされていますが、他のUMAと比べてみても、昔から文献に記述されており、実在の可能性が高い生き物なのではないでしょうか。

2022年時点では、ツチノコを捕獲すれば赤磐市から2,200万円の賞金がもらえるようですが、ツチノコの生け捕りとなると、かなりハードルが高いですね。

しかし、賞金に関わらずにツチノコのように昔から知られており、誰もその姿を見たことがない存在にはロマンを感じずにいられません。

そういう意味では、ツチノコ探しは、歴史ロマンを感じられるイベントではないでしょうか。

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