柵原鉱山を知っていますか。
かつては東洋一の硫化鉄鉱山と呼ばれた柵原鉱山が岡山県久米郡美咲町にありました。
1991年3月に閉山となりましたが、それまでに埋蔵量の約7割にあたる2,650万トンの鉱石が採掘されたそうです。
この柵原鉱山の歴史を学べる資料館が「柵原ふれあい鉱山公園」の園内に建てられています。
本記事では、柵原鉱山資料館と柵原ふれあい鉱山公園について紹介し、柵原鉱山の歴史について学べます。
柵原鉱山の歴史
1882年に硫化鉄鉱の採掘を開始したのが柵原鉱山の始まりです。鉱山自体は江戸時代に発見されていましたが、当時は全く利用されていませんでした。
当初、鉱山の経営は順風満帆ではなかったもの、大正末期には日本を代表する硫化鉄鉱の鉱山へ成長を遂げます。
柵原鉱山周辺には、鉱山で働く人の社宅が多くあり、総合病院やデパート、映画館などの娯楽施設を設けるほど多くの人が住み着いたそうです。
1950年代から1960年代にかけて最盛期を迎え、月産7万トンを達成。しかし、1985年以降の円高の影響で、外国から安価な鉱石が輸入され始めると、急激に柵原鉱山は縮小され、1991年3月に閉山になりました。
鉱石運搬のために鉄道(片上鉄道)を開通させるほど力の入れ具合が凄いね。
岡山にある美咲町の廃坑、柵原鉱山資料館で鉱山の歴史に触れる
柵原鉱山資料館へ入館しよう
柵原ふれあい鉱山公園へ入ると、柵原鉱山資料館の立派な建物が見えてきます。
この資料館の入口から少し離れたところには、「願い石」と呼ばれる石のモニュメントがありました。
願い石とは、柵原鉱山産の鉱石で作られた幅約45cmのハート形をした石のモニュメントです。
この石の表面に、カップルがそれぞれ片方の手を当てて祈ると幸せになれる「縁結び」のスポットになっています。
願い石は、縁結びの他に強力な磁力にあやかって「地に足をつけたい」「落ちないよう(合格祈願)」と願う人々が訪れているよ。
柵原鉱山資料館の入口前には、いろいろな文様を描いた丸い石が展示されていました。
いわゆるストーンアートですね。
柵原鉱山資料館へ入ってみると、流加鉄鉱が展示されていることに気が付きます。
その他には籠が展示されていました。実はこの籠、柵原鉱山に関係があります。
大正時代に鉱主が柵原坑道へ入る時に使用していたそうです。
それでは、柵原鉱山資料館でかつて東洋一の硫化鉄鉱山として栄えてきた柵原鉱山について学んで行きましょう。
まずは、先ほど目に付いた流加鉄鉱の隣にある端末のボタンを押すと、柵原鉱山の説明が流れます。
流加鉄鋼を眺めながら、その説明を聞いていました。(勉強になります)
【石のオブジェやアート作品の紹介】
柵原鉱山資料館にあった願い石やストーンアートの作品のように、旅を続けているとそのような作品を見かけたりしますね。下記記事では、そんな石のオブジェや作品を紹介します。
昭和の風景へ
順路に従い展示室へ向かいましょう。
まず目の前に現れたのは、昭和30年代の風景です。
こじんまりとしていましたが、見応えはそれなりにありました。
レトロな赤ポストですが、実際にはまだまだ現役で活躍していますね。
昭和の風景を堪能した後で、別のフロアへ移動します。
そのフロアでは、昭和の風景を切り取ったミニチュアが展示されていました。
一つ一つのミニチュアを眺めながら、「こういう時代もあったんだなぁ」としみじみに思うのです。
昭和の風景その1、ちゃぶだいを囲んで食事をしながら家族団らん。
昭和の風景その2、兄弟一緒で一つのテレビを見る。
この時に勃発するのがチャンネル争いですね。(笑)
昔は家一つにテレビが1台有るか無いかだったね。現代では一人にテレビが1つあっても全くおかしくない時代だよ。また、インターネットの普及でテレビ離れが進んでいるね。
柵原坑道の再現
再現された柵原坑道へ向かうため、地下へ降りるエレベータを使用します。
地下へ降りてみると、坑道の雰囲気が漂っていました。
人形を使って当時の採掘現場を表しており、臨場感がありますね。
採掘現場を見ていると「なるほど。毎日このような作業をするのは、本当にたいへんだなぁ」と当時のことを想像して少しだけ陰鬱になりました。
こちらは、当時活躍していたバッテリー電車(蓄電池機関車)です。
この列車には、鉱石やズリを積んだ鉱車が5~12両編成で坑道を走り抜けていました。
削岩機ですね。なんだかカッコイイです。
当時使用されていた道具が並びます。
柵原坑道のモデルは、まるでアリの巣のように深く複雑な形をしていて驚きました。
当たり前ですが鉱山は柵原だけでなく、日本全国に点在しています。
これは旧片上鉄道の路線図ですね。
旧片上鉄道の路線は、今や「片鉄ロマン街道」と呼ばれるサイクリングロードとして整備されており、多くの人に親しまれています。
再現されたかつての柵原坑道の作業現場を眺めながら、柵原鉱山の歴史を学ぶ事ができて、有意義な時間を過ごせました。
休憩室の一時
柵原鉱山資料館の1階にあった休憩室へ行ってみると、有名人のサイン色紙が置いてありました。
「へぇー、この人もここへ訪れたことがあるんだ。」そんなことを思いながら色紙を見ていきます。
例えば、テレビドラマ「科捜研の女」の主演を務めている沢口靖子さんのサインですね。
こちらは、自転車芸人として有名な安田サーカス団長のサインです。
また、休憩室の壁には、旧片上鉄道の駅舎などの絵がたくさん飾られていました。
優しいタッチで描かれた絵はまさに私好みです。
田舎風景をバッグにホームへ停車した電車が淡い筆使いで描かれています。
ほのぼのとした日常が醸し出されていますね。
展示されていたサインや絵はそれなりに多く楽しめますので、柵原鉱山資料館へ訪れた時は忘れないで立ち寄りましょう。
【著名人のサインあれこれ】
柵原鉱山資料館のように著名人のサインが飾られている観光地や博物館などに訪れることがありますので、下記記事で紹介します。
鉱石のお土産
柵原鉱山資料館では、水晶の原石やサクラメノウなどが売れらています。
それほど高価の物ではないので、お財布に優しいです。
資料館へ立ち寄った記念に、知人友人へお土産として買って帰るのも良いでしょう。
柵原ふれあい鉱山公園で電車を見よう
柵原ふれあい鉱山公園は、旧片上鉄道の吉ケ原駅舎と操車場のあった場所に作られた公園で、約18,400平方メートルの敷地を誇ります。
この公園の入口前へ行ってみましょう。
柵原ふれあい鉱山公園の入口前にある特徴的なとんがり屋根の吉ケ原駅舎が印象的ですね。
吉ケ原駅舎は、旧片上鉄道で運行されていた電車の展示運転の駅舎として現役で使用されています。
吉ケ原駅舎前には、かつて旧片上鉄道が運行していた線路が伸びていますね。
線路を渡って、保存されている電車へ近づいてみましょう。
扉は空いているので中へ入れるのかな。
残念ながら、ドアは施錠されていました。(当たり前ですね。)
吉ケ原駅舎の全体像です。なかなか味のある駅舎ですね。
園内には、電車の他に高瀬舟がありました。
柵原のある美作国は山国であったため、高瀬舟で吉井川を下って、瀬戸内地方と経済活動を盛んに行っていたそうです。
堅抗櫓のレプリカもあります。
堅抗櫓を使用して、鉱石採掘に必要な材料の上げ下ろしや人員の昇降を行なっていました。
片上鉄道保存会では、毎月第1日曜日に普段保存している旧片上鉄道で運行していた電車を使用して、展示運転を行っています。
展示運転の距離は、片道400mと短いですが、当時の雰囲気を味わえる貴重な体験ができます。
【公園の紹介】
私が旅先で立ち寄った公園を下記記事で紹介します。
柵原ふれあい鉱山公園・柵原鉱山資料館の基本情報とアクセス
住所 | 岡山県久米郡美咲町吉ケ原394-2 |
電話番号 | 0868-62-7155(柵原鉱山資料館) |
営業時間 | 9:00~17:00(入館は16:30まで) |
休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌日)、12/28~1/4 |
料金 | 【個人料金】 大人500円(高校生以上)、小人300円(小学生以上) 【団体料金(15名以上)】 大人400円、小人240円 |
電車の展示運転
片上鉄道保存会では、柵原ふれあい鉱山公園で下記日時に旧片上鉄道で運行していた電車の展示運転を行っています。
- 開催日は毎月第1日曜日
- 開催時間は10:00~15:00の間で30分おきに運行 (12:00~13:00は昼休憩のため運休)
残念ながら、コロナの影響で2020年3月から現在運休中だよ。
【アクセス】
- JR津山駅より中鉄バスで「吉ケ原停留所」へ下車してすぐ(乗車時間約40分)
- JR津山駅からタクシーで約30分
- 和気ICから車で約35分
柵原ふれあい鉱山公園の駐車場
柵原ふれあい鉱山公園には、無料駐車場があります。(普通車80台、バス5台)
まとめ
柵原鉱山の歴史を学べる「柵原鉱山資料館」は、歴史を学ぶだけでなく昭和30年代の生活を垣間見る事ができる貴重な資料館です。
また、柵原ふれあい鉱山公園では、鉄道ファンや鉄道ファンでもなくてもレトロの駅舎や電車を写真で撮りたい人にはたまらないスポットですね。
充実した展示物で十分楽しめる公園になっていますので、岡山県久米郡美咲町へ訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみて下さい。
【旅に役立つアイテムやサービスの紹介】
旅先で役立つ様々なアイテムやサービスを、下記記事で紹介します。