愛媛県今治市の瀬戸内海沿岸には、日本三大海城の一つに数えられている「今治城」があります。
お城を囲む堀には、海水が引き込まれているので、スズキやヒラメなどの海水魚の姿を見られるという。それに運がよければ、サメに出会えるかも知れませんね。
城主の藤堂高虎(とうどう たかとら)は、築城の名人として有名です。彼によって考え抜かれたお城には不思議がいっぱい。ぜひその不思議に触れてみよう。
本記事では、日本屈指の海城と名高い今治城の不思議を中心に、その魅力を紹介します。
日本三大水城の一つ「今治城」とは
今治城は、愛媛県今治市に位置し、戦国の大名・藤堂高虎によって1602年(慶長7年)に築城が開始され1608年に完成させたお城です。
砂が吹き上げられて出来た地形に築城されていることから、別名で吹揚城(ふきあげじょう)とも呼ばれている。
今治城の特徴は、お堀に海水が引かれている水城であること。香川県の高松城、大分県の中津城と共に日本三大水城として知られています。
城内に港を有したことで、国内で最も大きい船入(船を係留するための施設)を備えた日本屈指の海城ですよ。瀬戸内海の交通網を支配するのに打ってつけだったそうな。
また、高虎の様々なアイデアにより、強固な防御力を備えていました。
残念ながら、明治維新後には、ほとんど取り壊され内堀と主郭部の石垣だけ残った次第です。今の天守は、1980年(昭和55年)に建てられたコンクリート製の模擬天守。さらに1980年以降に多聞櫓・鉄御門(くろがねごもん)なども再建され、雄大な城郭が復活しました。
2006年(平成18年)には、日本100名城に選出され今に至ります。
今治城には天守台がないことから「天守がなかった」という説もあり、いまだに議論の的だよ。
【周辺の見どころ】
今治城周辺の見どころを、下記記事で紹介します。
今治城には不思議がいっぱい
築城の名人であった藤堂高虎が手掛けた今治城には、不思議な秘密がいっぱい。不思議と聞くとワクワクしてきませんか。そこで、主な不思議を紹介します。
海水を引き入れてたお堀にはサメがいる?
お堀には海水を引かれているとなると、どこから堀の中へ入ってくるのか気になるというものだ。
そこでお堀の周りを探していると、堀の北隅に石垣が四角く口を開けた場所を発見。これが海へつながる水路です。
潮の満ち引きによって、海水が出たり入ったりするので、お堀の水位は変わります。
かつての今治城は、三重の堀で囲まれていましたが、現在で見られるのは一番内側のお堀のみですね。当時は中堀・外堀を通過し、船で海へ漕ぎ出せたという。お城から出港する船を想像すると、何だかカッコイイ!!
海水が引かれたお堀で見られる魚はこちら。スズキやクロダイ、ヒラメ、コモンフグ、ボラなど海水魚がたくさん泳いでいます。
2015年には、1mを超える2匹のサメが目撃されたという。ということで、私もしばらくお堀を凝視していましたが、サメを発見できず・・・やはりそんなに甘くないか。もしサメを見かけたら超ラッキー。
また、堀底からは真水が湧いているところもあり、淡水魚のメダカもいる。多様な生物が生息する実に不思議なお堀ですね。
【お城の紹介(その1)】
旅先で訪れたお城を、下記記事で紹介します。
石垣に注目、大理石があったり、穴があいていたりする
敵兵の進入を防ぐために高く積み上げた石垣をよく見てみると、白っぽい艶々とした石を多数見かけます。
実はこれ、ただの石ではなく、建築や彫刻の用材に使われる「大理石」ですよ。お城の石垣に大理石が使われるなんて、かなりレアだ。
一般的に石垣に使われる石の種類は、「安山岩」や「花崗岩」が多いのだけど、なぜ大理石が使われているのか不思議ですね。
こちらは、今治城で最大の石「勘兵衛石(かんべえいし)」。この石は花崗岩です。
お城の石垣は、その地域で取れる石が使われる傾向がある。ということで、調べてみると今治城の周辺地域では、花崗岩が一番多く、次に多いのが大理石ということが分かりました。
たしかに今治城の石垣は、花崗岩が大半を占めており、次点で大理石が多い。うむ、土地柄というヤツだな。
花崗岩は瀬戸内海の大三島、大理石は大三島、小大下島、岡村島などから海を渡って運ばれてきた可能性が高いという。
また、積まれた石垣をさらに良く見てみると、所々に穴が空いてるのに気づくだろう。実はこれ、「イシマテ貝」と呼ばれる貝の仕業。石を溶かす酸性の分泌液による影響なんだそうな。
貝がひっついた岩石を切り出したり、海上で運ぶ途中に石を海際に置いたときにひっついたのでしょうかね。なんにしても海の近くにあるお城だからこそ、見られる不思議な石垣ですよ。
【お城の紹介(その2)】
旅先で訪れたお城を、下記記事で紹介します。
城の形が四角形と高い石垣の存在
今治城の形は、真上からみるとほぼ正方形に近い四角形ですね。不思議な形に思えますが、これは輪郭式と呼ばれるもの。今治城以外にも丸亀城や高松城、篠山城など数多くのお城に採用されている。
四角形にすることで、築城工事が簡単で、敷地内を広く確保できるのがメリット。さらに平時での生活に適しています。
城の形は単純ですが、各所に防御力を高める工夫が施されている。たとえばお堀(内堀)の幅は50~70mもある。この幅にした理由は、ずばり弓矢の射程距離以上を確保することで、弓矢の攻撃を無力化するためですね。
また、石垣の高さは9~13mもあり、砂の上に建つ石垣としては驚異的。この高さから弓矢を引かれたら、敵兵にとってはなすすべもなく攻撃を受けてしまうだろう。さすがは藤堂高虎、よく考えていますね。
石垣の周りには、細長い平地がありますが、これは「犬走り(いぬばしり)」と呼ばれるもので、地盤を強化するために設けられたそうだ。
ちなみに、名前の由来は、犬が通れるくらいの幅しかないという意味合いからそう呼ばれています。
うむ、犬走りをトコトコ歩く犬を見てみたいと思うのは、私だけでしょうかね。
珍しい平服姿の藤堂高虎の騎馬像
藤堂高虎は、背が高く190cmの大柄な体格を持ち、「浅井長政」「織田信澄(信長の甥)」「豊臣秀長(秀吉の異父弟)」「徳川家康」など名の知れた大名に使えた武将です。
主君を何度も変えながらも、身につけた建築技術で、20を超えるお城の築城に関わったといわれています。
城内には、平服姿の高虎が騎馬に乗った像が立てられており、武将の像としては鎧を着ていないのは不思議な感じがしますね。
しかし、平和な時代の城づくりや城下町の発展を考慮した高虎らしい服装といえる。2004年(平成16年)に造られ今治城のシンボルとなっています。
必見!鉄御門と工夫を凝らした今治城の防御の形
こちらの二の丸の表門が「鉄御門(くろがねごもん)」です。短冊状の鉄板を打ち付けた堅牢な門で高い防御力を誇ります。2007年には、木造で忠実に復元されました。
この鉄御門を2番目の門として配置することで、敵兵の進入をかたく拒む仕組みを実現しています。
今治城の鉄壁の防御は、三重のお堀や高い石垣だけでなく、二の丸の入口に整備した「枡形虎口(ますがたこぐち)」と呼ばれる形状がすさまじい。
この形状は、四角い升のように設計された入口のため、たとえ敵兵が最初の門を破ったとしても、90度曲がった先にある次の門で塞ぎ、三方向から集中的に攻撃可能となる。攻撃を受けた敵兵は、そのまま殲滅される仕組みという訳だ。
このような恐ろしい防御機構を考え実現したのが、城主の藤堂高虎であり、最初に導入されたのが今治城だと考えられています。その後、江戸城にも同じような仕組みが導入され、枡形虎口は近世城郭の主流となりました。
鉄御門は、こちらの武具櫓から入り内部の見学ができます。ケヤキやヒノキを贅沢に使用した広々した内部は、とても歩きやすい。ぜひ足を運んでみて下さいね。(室内は撮影禁止)
天守と櫓の紹介
今治城の天守と櫓(多聞櫓、山里櫓、御金櫓)について紹介します。これらの室内はいずれも撮影禁止なので気を付けて下さいね。
天守
今治城の天守は、コンクリート製の模擬天守ですが、5層6階の佇まいは威風堂々としています。
創建当時は、各階を小さくして規則正しく積み上げる「層塔型(そうとうがた)」の天守として、史上初の天守でした。
もともとの天守は、創建後に京都府の亀山城へ移築されたと伝わっていますが、明確な資料がないため、その当たりの実情については不明です。
そのため、今の天守は、移築先の亀山城の平面図や古写真などの資料をもとにして再建されました。
こちらは、天守の案内図です。1階に券売所と事務所があり、2~5階は今治城に残る武具や書画、調度品などの展示コーナーとなっています。
最上階は展望台となっており、今治市街の様子を眼下に収めることができる。さらに今治平野・瀬戸内海・四国山地を見渡す景色は素晴らしい。
毎日、日没30分後から22時までは、石垣部分や天守に設置された照明により、ライトアップされるので、昼間とは一味違う今治城の姿をご覧になれます。
【双眼鏡に関する話】
天守のような高い場所からは、双眼鏡を使うと遠くの景色がよく分かりますね。下記記事では、双眼鏡に関する話を紹介します。
櫓
多聞櫓は、1980年に再建されました。天守内から移動できるので、一通り天守を見学した後で足を運ぼう。
ここでは自然科学館として、魚介類の標本や鳥類の剥製、鉱石など今治市内や愛媛県内に生息する動植物に関係する展示物を見学できます。特に今治城の石垣や堀に生息している貴重な動植物を見学できるのがポイントですよ。
こちらは「山里櫓(やまざとやぐら)」です。城内北西部に位置しており、1990年に再建されました。内部では、主に武具や今治にまつわる古美術品が展示されています。
私が訪れた時期は、企画展「くずし字を読みたい!ー江戸時代の村と古文書ー」が開催されており、くずし字辞典の体験コーナーや、ひらがなパズルなどにより、楽しく古文書やくずし字を学べました。
こちらは「御金櫓(おかねやぐら)」です。城内の東側に建っている二重櫓で、1985年に再建されました。
内部では、愛媛の郷土作家による作品を展示する現代美術館になっています。定期的に企画展が開催されるので、興味がある方は、今治城の公式ホームページでチェックしてみよう。
その他にも「鉄御門・武具櫓」がありますが、先ほど紹介しましたので割愛します。
敷地内にある吹揚神社へ参拝しよう
今治城内には、1872年(明治5年)より「吹揚神社(ふきあげじんじゃ)」が鎮座しています。
江戸時代の城下にあった4社が合祀され建立された経緯があり、命名は今治城の別名である吹揚城に由来している。
天守の真横に鎮座している神社というのも珍しい。ご祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)。
主なご利益には「開運招福・家内安全・子孫繁栄・交通安全・商売繁盛・海上安全」などがあり、多くの参拝者が足を運んでいます。
こちらは天守から眺めた吹揚神社の全景。屋根の並びが実に美しい。境内には、吹揚稲荷神社・麁香神社・土居神社・住吉神社も鎮座しています。
海水をお掘に引き入れた城内をゆっくり歩きながら、参拝してみてはいかがでしょうか。
今治城の基本情報とアクセス
住所 | 愛媛県今治市通町3-1-3 |
電話番号 | 0898-31-9233 |
開館時間 | 9:00~17:00 |
休館日 | 年末(12/29~12/31) |
観覧料 | 一般 520円(420円) 学生 260円(210円) 高校生以下 無料 65歳以上 420円 ※20名以上で団体割引きあり、( )内の金額は割引き後の料金 |
【アクセス】
- JR今治駅から徒歩約20分
- 西瀬戸自動車道「今治北IC」から車で約15分
- 今治小松自動車道「今治湯ノ浦IC」から車で約20分
今治城の駐車場
今治城には、有料の駐車場が隣接しています。(普通自動車、小型自動車、軽自動車:56台)
- 普通車 100円(1時間)
- バス 2時間まで500円、2時間以降は1時間に付き260円(事前に申し込みが必要)
まとめ
今治城は、今治市街地にあるため、アクセスがよく今治観光に適したお城です。
城主の藤堂高虎によって考え抜かれたアイデア満載のお城を、じっくりと見て回ろう。海水を引き入れてたお堀や大理石が使われた石垣、鉄御門を交えた鉄壁の防御力など見どころ満載ですよ。
また、天守では今治市街を一望する眺望や、武具や書画、調度品などの展示を楽しめます。
国内でも貴重な海城の魅力をたっぷりと味わって下さいね。